第213話 王と二人の名代

 そのころダイニングルームでは、王と名代二人が夕食の席に着いていた。もちろん側近と護衛騎士も一緒で、同じ席に座っている。

 彼らにとってトレーを手に列へ並ぶのはもちろん、主従が同席するなんてあり得ない話しだった。


 けれども女帝とロマニア君主に帝国伯たちから、ここではそれで良いのだと言われてしまえば返す言葉も無い。

 もっともこのスタイルが定着した経緯は、城郭都市へ入るルールを無視してダイニングルームに押しかけて来た、誰かさんのせいだが。


 そんな訳で戴冠式の今朝から、彼らはダイニングルームで食事をしていた。大きな釜や鍋から無作為に盛られるし、並んでいる主菜やサラダは自分で取る方式。

 朝食では毒味をしていた彼らだけれど、ランハルト公もクアラン王も、ミーア司教もシルビア姫も毒味はしておらず、馬鹿らしくなって昼食からは止めたようだ。


 ちなみに今日はカレーの日。夕食は欧風カレーとコールスローにオニオンスープ、デザートは季節のフルーツヨーグルト。

 毎度お馴染みカレーのトッピングは選び放題で、デザート以外はお代り自由。各国の護衛やら応援の守備隊も加わり、ダイニングルームは大盛況だった。


「クラウス王、アルバーン国はどう動かれますか?」

「まずは選帝侯枠を持たない周辺小国と、首脳会談だなエトヴィン王子。サルワの王にそそのかされていないか、探りを入れる必要がある」


 確かにと、ハイデン国の名代エトヴィン王子はお冷やを口に含む。それは我がエーデル国も同じですと、名代のロベルト王子もスプーンを手に真顔で返す。


 いざサルワ国に宣戦布告をしたら、周囲の小国がみんな敵で四面楚歌しめんそかだった。なんてことになっては洒落にならず、周到な準備が必要となる。

 ロマニア侯国・オトマール公国・クアラン国が、連合でパルマ国を落としている間に準備を進める。その方向でと選帝侯たちの間で話しはまとまっていた。


「それにしてもこの食文化、我々も取り入れたいものだな」


 クラウス王がスプーンからフォークに持ち替え、コールスローを頬張った。同感ですと、エトヴィン王子にロベルト王子もスプーンを動かし続ける。


 サマエルを目の当たりにし、度肝を抜かれたこの三人。

 けれどそれを葬ってしまう魔王さまとその眷属には言葉も出ず、あの御仁を敵にしなくて良かったと痛感する一日だった。

 まあ旧北限アルカーデの直系以外で、闇属性が生まれること自体希なこと。三人とも四属性の敵が相手ならば、渡り合える自信はある。


 それよりも彼らにとって、目下の大問題はお料理であった。

 国元に帰って元の食生活に戻れるかと問われれば、いや無理だと頭を悩ませる。それはお代り三杯目やトッピング全制覇の猛者もいる、同席した側近や護衛騎士も同じである。


「失礼いたします、ラングリーフィンからの差し入れをお持ちしました」

「お休みになるまでの間、小腹が空いた時に召し上がって下さい」

「私達が焼きました、お毒味しましょうか?」


 そんな彼らの前に現われたのは、民間雇用の初期からいるメイドでラナ・ルナ・ロナの三姉妹。クッキーの入った紙袋が乗るお盆を、毒味するならどうぞと側近に差し出した。


「いや、毒味は不要だ。ここで食べてみてもよいかね?」


 尋ねるクラウス王に、どうぞどうぞと笑顔を振りまく三姉妹。

 紙袋から一枚取り出した三人、同じく側近や護衛騎士も、プレーンとココアの市松模様に目を見張る。しかもバターの良い匂いがして、彼らは思わず頬張った。

 サクッとした食感と、口の中でほろほろ解けていく感じ。そこに甘さとバターにココアの風味が加わり、思わず頬が緩んでしまう。


 この世界にはそもそも小麦粉を使った焼き菓子なんて存在しておらず、何だこれはと三姉妹に羨望の眼差しが集まる。


「私達が焼いたと言ったが、これを君たちは作れるのか?」


 エトヴィン王子の問いに、もちろんですと頷く三姉妹。長女のラナがポケットから、今週の三食献立表を取り出し広げて見せる。


「ダイニングルームで提供しているお料理、私達は全部作れますよ」


 これがいけなかった。

 王と王子の二人、そして側近と護衛騎士たちの目がキラリンと光る。空腹を抱えるライオン達の眼前に、シマウマ三頭が通りかかったようなもの。まあ、考えようによっては悪くもなかったのだが。


 ――翌日、ファフニールの執務室。


「それで三人とも、王と王子二人から口説かれちゃったわけね?」


 みやびが確認すると、三姉妹はそうなんですと眉を八の字にする。その傍らでは、父親である牙が冷や汗をかいていた。そこへティーナとローレルが、緑茶と練りがんづきを置いて行く。

 練りがんづきとは、宮城県や岩手県の郷土料理で蒸し菓子の一種。クルミが入っておりプレーンと黒糖の二種類あって、食感としては名古屋のういろうに近い。

 これも東北出身の板前さんからみやびが教わったもの。他にも、もさがんづきと呼ばれる黒糖蒸しパンのバージョンがある。


「突然あなた達を名指しで欲しいと言って来たから、驚いたわよ。ダイニングルームでそんな事があったのね」

「どうするの? みや坊」


 ファフニールに尋ねられ、人差し指を顎に当て天井を見上げる魔王さま。教会の子ども達は出せないけれど、お料理は世に広めたい。

 もういっその事、民間のメイドから希望者を募り国外派遣を組んでみようか。ならば本人の意思と、親の承諾があればという話しになる。


「ちなみに聞くけれど、あなた達はこのお話し、どう受け止めているのかしら」


 みやびの問いかけに、顔を見合わせる三姉妹。練りがんづきを手にするお父ちゃんの動きが、思いっきり挙動不審なのは見て見なかったことにする魔王さま。


「私も将来はお店を持ちたいので、出稼ぎに行きたいです」


 そう言ったのは長女のラナで、なるほど現実指向である。


「フライヤー・マシューのように、一人でどこまで出来るか武者修行をしたいです」

  

 そう答えたのは次女のルナ。

 そう来たかと、みやびとファフニール、そしてティーナとローレルが破顔する。


「私だってパウラとナディア、ソフィアとエミリアには負けていられません。お料理を広めに行きたいです」


 それは三女のロナ。アルネの配下四人に、同い年としてライバル意識を燃やしているらしい。


 理由は三人とも違うけれど、プラス指向で好ましい。

 ただし日々更新され増え続けるレシピが気になるから、教会の子らと同様三ヶ月交代が良いと彼女たちは口を揃えた。


「お父さまはどう考えていらっしゃるのかしら」


 みやびが微笑んで尋ねると、父親の牙は湯呑みを両手で包み込んだ。そこに茶柱が立っているのだが、彼はその意味を知らないだろう。


「十人家族で、妻と息子五人に娘三人。急にいなくなると思うと、寂しくもあります。ですが……、いつかは嫁に出すのですよね」


 逡巡を繰り返している父親を、みやびは急かすことなく待つ。やがて彼は腹をくくったのか、顔を娘たちに向けた。


「行ってこい」


 三姉妹の表情がぱっと輝き、みやびとファフニールが決まりねと頷き合う。みやびの目配せで、ティーナが嬉々として扉を出て行った。

 民間のメイド達に話しを伝え、今後の希望者を募る準備だ。さすが歩くスピーカー、楽しい話題が大好物のお喋りティーナらしい。

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