第212話 カルディナ姫の戴冠式(4)

 ウナギやアナゴの腹開きは切腹につながり縁起が悪いからと、みやびはそのまま頭から尻尾に向けて刃を走らせた。

 みやびの属性をまとい、虹色が万華鏡のように移り変わるカラドボルグ。その刀身は闇の腐食を一切受け付けず、大蛇を見事な背開きにしていた。


「中骨を外して、羽を落とさないとね。……あれ?」


 開いた腹部、魚で言う肝に当たる部分に人間がいたのだ。サルワ国の大司教、それがこの人物であろう。頭からつま先まで、体の背中側が内臓と融合していた。


「人の姿で沿道の市民に紛れていたのね」

「おのれぇ……。精霊サマエルを身に宿した、この私が負けるとは」

「宗旨替えをする気は? 戴冠式の恩赦で火刑は免れるかもよ」

「ふんっ、断る。千年帝国は我らにあり、この世界は一度滅ぶべきなのだ」


 それはかつて法王さまが話していた、根拠の無い選民思想。自分たちは精霊によって守られ、破滅した後の世界に君臨できるという誤った宗教観。


 愚かだなと、みやびは唇を引き結んだ。

 現世で無実の人を何人も手にかけた者が、生まれ変わったら王だ貴族だ幸せだなんてあり得ない。外道は転生しても外道。だからこそ今の生を大事にし、己の魂を磨くべきなのにとみやびは憤る。


「巫女ちゃーん、準備できたよ」

「……はい?」


 いつの間にか土偶ちゃんたちは、Sスーパーへと形態を変え砲筒を上空に向けていた。既に六属性の魔方陣が、砲筒の先端に展開している。

 六属性無効とは言っても、粒子砲は六属性の合わせ技で全くの別物。背開きにされてもまだ羽を動かし空に浮かぶサマエル大司教に、砲筒の照準を定めていた。


 首都のど真ん中でと顔を引きつらせたみやびだが、空に向けて放つなら構わないかしらと思い直す。

 初対面だけれど二度と会うことはないサマエルに、みやびは別れを告げた。道を外れし者へはなむけの言葉を添えて。


「さようなら。あなたに全ての精霊のご加護があらんことを」


 みやびとフェンリルちゃんが離脱するのを見届けるや、土偶ちゃんSスーパーは構えていた砲筒から粒子砲を撃ち放った。

 虹色の光弾がサマエルを直撃し、更に雲の彼方へ突き抜けて行く。そしてもはや炭同然となった背開きの蛇は、徐々に灰と化し風に流され消えていった。


 けれどそこに残ったものがある。

 上空を見上げ勝利に沸く者達には見えないが、みやびの瞳にはちゃんと映っていた。それは魔力の糧とされ犠牲になった、市民達の魂。


「心肺停止から八分以内であれば助かるはず。イン・アンナ、お願い私に力を貸して」


 そのとき誰もが信じられない光景を目の当たりにする。空中のみやびがイン・アンナに姿を変え、胸の前で手を組み哀れな魂に祝福を与えたのだ。

 七色に輝く光の粒が魂と共に地上へ舞い降り、犠牲者に吸い込まれていく。すると事切れたはずの市民達が、次々と息を吹き返し始めた。放り投げられた時にできた外傷までも、完全に治癒していたのだ。





「みやび殿、あの力も六属性の合わせ技なのか? その、精霊に姿を変え死者を蘇生するのも」


 祭壇から少し離れた所で、戴冠式を見守るみやび達。不謹慎ではあるけれど、隣のパラッツォがそんな事を尋ねて来た。


「違うわ赤もじゃ、あれは別の属性なの」

「なん……じゃと?」


 聞き耳を立てていたファフニールとブラド、そして妙子が目を丸くする。つまり第七属性なのかと。


「六属性の聖獣ちゃんと土偶ちゃんを従えるのも、剣や魔法盾が虹色になるのも、食べ物に回復効果を付与できるのも、その属性が持つ力だから」

「みや坊、それは何と言う属性なの?」

「属性名は知らないけれど……敢えて言うなら天空の女主人属性かしら、ファニー」


 “大精霊の巫女として大精霊のわざを成し、大精霊の意を代弁す。

 使者は世界の統治者を選び、権威と力を与えたもう”


 ほぼ古文書の通りではないかと、ブラドとパラッツォは祭壇に視線を向ける。その先ではいま正に、カルディナ姫が法王さまからティアラを授かるところであった。


 ――そして夜のみやび亭。


「堅苦しい貴賓室での祝賀会よりも、ここが落ち着くのう」

「確かに、安心しますわね姫君」


 そんなカルディナ姫とミスチアの会話に、クララとエミリーも笑いながら同意を示す。カウンターに並ぶ他の面々も、お通しを頬張りながら頷いていた。

 実は祝賀会、古式伝統に則りぶどう酒に黒パンとチーズだけなのだ。カウンターに座る誰もが、式次第が早く進むよう心底願っていたのはナイショ。


 そのカウンターに、実はユリウスも座っていた。エラン城の文官であり司書でもある彼は、みやびがゲートで強引に連れて来たのだ。


「生け贄を捧げ誤った祈りで、悪しき精霊を身に宿す。モスマンの忌まわしい呪詛に間違いありませんね、ラングリーフィン」

「生け贄ってもちろん人間よね? ユリウス」

「そうです。精霊の属性と御力によっては、百人単位で必要になるかと」


 モスマン帝国は生け贄に、死罪の確定した罪人を当てていたとユリウスは話す。一般市民に手を出さなかったのは、まだ良識があったと言えよう。


「よって数は少なく、採掘や運搬、開墾や水源の確保に用いたようです。かつて戦場に出て来たという記録は、見当たりませんね」

「そうじゃな、わしも戦場で出会った経験は無い」


 ユリウスの話しに聞き入っていたパラッツォが、手にした麦酒を一気に飲み干した。サルワ国と連んでいる国はどうなのかしらと、みやびは眉を曇らせつつ新しいジョッキを置く。この点については、誰もが悪い予感を抱いていた。


「サマエルって本当は、天使なのよね」

「あれが天使なんかい? 香澄」

「ユダヤ教では、死者の魂から不道徳を取り除いて天に送る運び手よ麻子」


 それを悪しく敬えば死と闇を司る邪龍になるのねと、ファフニールがため息をついた。やはり天使と悪魔は表裏一体、敬い方を間違えれば世界を滅ぼしかねないと。


「ところでみやび殿、麻子殿が炒めている野菜はどうするのじゃ?」

「んっふっふー、野菜たっぷりの味噌ラーメンよランハルト公。みんなもお腹空いてるでしょ、動物性のものは入ってないから誰でもオッケーよ」


 是非食べたいと、カウンターの面々がみんな手を挙げた。酒の肴よりもまずは腹を満たしたかったのだ。


「ここで投入するのが命の豆板醤!」


 来た来たと、カウンターの内も外も破顔する。

 麻子は豆板醤と炒めた野菜が入る中華鍋に水を入れ、高火力でどんどん煮込む。キャベツ・ニンジン・モヤシ・ニラ・キクラゲから野菜の良いお出汁がでるのだ。

 みやびはニンニクとショウガをみじん切りにしゴマ油で炒め、香りを移した油を赤味噌に練り込む。それを並べたラーメン丼に入れてさあカモンと。

 麻子がザルで濾したスープを丼に注ぎ、みやびが泡立て器でかき混ぜ再びカモンと合図を送る。そこへ香澄が茹で上がった麺を湯切りし、スープを張った丼に投入。

 最後にザルの野菜を盛っていき、仕上げに塩胡椒を振るアルネ。野菜マシマシで麺が全く見えません。


「むほほ。味噌の味と野菜の旨み、それに麺が良く合う」

「体が温まりますわね、法王さま」


 野菜の一部を切り崩し、麺に辿り着いた法王さまとアーネスト枢機卿の顔が綻んでいる。箸に慣れておらずフォークで苦戦しつつも、レンゲでスープをすすったシルビア姫とバルディが、ほうと息を吐く。


「麻子さま、もしかしてこれも……」

「リクエストすればマシューは作るわよ、ミーアさま。多分でっかいすり鉢で」


 あらステキとミーア司教が笑みを浮かべ、美味しそうに麺をすする。すする音を立てても無作法には当たらない、日本の麺料理がいたく気に入っているご様子。

 本日のみやび亭、一品目はラーメンスタートの開幕。ブラドとパラッツォが早速お代わりを要求し、ミハエル皇子とシリウス皇子が速ぇと目を点にしていた。

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