第211話 カルディナ姫の戴冠式(3)

 翌日エビデンス城の北門は、物々しい雰囲気に包まれていた。北門から出て大聖堂へ向かう道中が一番襲われやすいと、誰もが予測していたからだ。

 戴冠式には選帝侯と名代も立ち会うため、守備隊や近衛隊はもちろん各国の側近と護衛騎士達も神経を尖らせている。


「結局、土偶ちゃんが捕縛した賊は何人いたの? みや坊」

「十三人よファニー。例の呪いは解除しておいたから、戴冠式が済み次第レベッカが尋問する手筈になっているわ」


 十字かぎが付いたロープを投げ、お堀を越えて城壁によじ登った賊ども。それをいち早く察知し、現場に集合した土偶ちゃんたち。

 早々魔力弾の撃ち合いになったらしいが、ことごとく弾いてしまう土偶ちゃんに賊はギブアップしたらしい。城壁の上を警護していた守備隊と牙のメンバーは、剣を抜く必要も無かったと聞いている。


「でもねファニー、賊は陽動だと思うの」

「そうね、私もそう思うわみや坊」


 そんな話しをしながら、みやびとファフニールはナッツチョコを頬張った。高まる緊張感をほぐすには甘い物と、香澄が用意してくれたもの。


「みやび殿、それは何じゃ」

「ほんっと赤もじゃは甘い匂いに敏感よね、はいどうぞ」


 ごちになるぞと、差し出された紙袋に手を突っ込んで頬張るパラッツォ。少し離れた所では、妙子が同じ紙袋をブラドに差し出していた。


 本日の妙子は気合いの入った色留袖いろとめそで。日本女性に於ける和服の正装であり、皇居に参内さんだいし天皇陛下に拝謁はいえつできる装い。

 黒留袖が第一礼装ではと思われるかもしれないが、実は皇居に於いて黒い留袖は禁色なのだ。


 選帝侯ではないけれど、カルディナ姫は妙子とアルネ、麻子に香澄も戴冠式の立ち会いをお願いしていた。それで妙子が勝負和服でみんなと北門にいる次第。

 調理場で料理を覚えつつ、更にみやび亭へ日参することで一緒にいる時間も長いカルディナ姫。もはや心置きなく話せる友人として、自分の晴れ姿を見て欲しかったのだろう。


「開門! 吊り橋を下ろせ」


 北門の牙がレベッカの指示に応じて動き出す。

 下ろした吊り橋の先には、通りに沿って両脇に守備隊がズラッと並んでいた。菖蒲しょうぶ色マント、蒲公英たんぽぽ色マント、千草色マントの面々である。


 ファフニールの直轄である宮中伯領からは、有事の際モルドバ辺境伯領へ応援を出す都合があり空色マントは少ない。地理上サルワ国に近いシルバニア方面守備隊も、動かすことが出来ずみやびの若草色マントもチラホラ。

 それでも大聖堂までの百メートルあまりを、人っ子一人通さない間隔で並ぶ光景は壮観であった。


 法王とアーネスト、三兄妹、選帝侯と名代にその側近と護衛騎士、それをぐるりと囲むようにして近衛隊とロマニア聖堂騎士が吊り橋を渡る。みやびの頭上ではふよふよと、土偶ちゃん達が周囲を警戒していた。


 沿道には次期皇帝となる女帝をひと目見ようと、ビュカレスト市民が大勢集まっていた。果たしてこの中に悪意を持つ者は何人いるのかと、誰もが身構えていた。

 その時沿道の少し先で、何やら騒ぎが起きた。と同時に市民が数人宙に舞い、みやび達の前に転がり落ちる。その両眼は白目を剥いており、既に息絶えていた。


「何事じゃ!」


 叫んだパラッツォの瞳に映ったのは、翼を持つ大蛇の姿だった。

 アマゾンには体長九メートル、体重二百五十キロに達するアナコンダが生息する。それが翼を持ったような、本来この世界には生息しない生き物。アルカーデ号の生物サンプルにだって、あんなのはいなかった。


 市民を咥えては放り投げる大蛇に、みやびは人の精気を吸い取り糧にしていると知る。心の深い所から、イン・アンナがそう告げていたのだ。


 守備隊が剣を抜き魔力弾を放つ。けれど四属性の魔力弾は、ダメージを与えること無く蛇の体に消えていった。

 それはフェンリルちゃんと同じ、闇属性であることを意味する。尻尾による薙ぎ払いで、何人かの守備隊員が吹っ飛ばされる。

 それを交わした隊員が剣を尻尾に突き立てるも、通ることはなくボロボロに腐食を始め長剣は消失していた。


 市民達が逃げ惑い、守備隊も戦う術が見つからず後退する。

 先頭で守備隊を指揮していたレベッカとヨハンが歯噛みし、一瞬レゾリューションが脳裏に浮かんだ。けれどそれは本当に最後の手段、市民を守りながら他に手立てがないか必至に考える。


「六属性の魔力弾も物理も、私には効かぬ。もはや皇帝も法王も不要。忌々しいリンド族も、帝国から消えてもらおうか」

「その声、まさかサルワの大司教か!」


 法王が目を剥き問い正すと、蛇はいかにもと肯定して羽ばたく。その口から耳障りな声が聞こえ、誰もが顔をしかめこめかみに手を当てた。  


「大精霊の巫女よ、悪しき信仰の禁呪を検知した。危険」

「巫女ちゃん闇属性の呪詛だよ、あれはヤバイ」

「ちょっとちょっと、もっと具体的に!」


 みやびが言い終わる前に、漆黒の魔力弾がみやび達に迫る。それは命ある者から精気を奪い我が糧とする、最低の禁呪。


 無意識にみやびがまとう七色の盾が発動し、くそったれな魔力弾を吸収した! それと同時にフェンリルちゃんが飛び出し不協和音を放つ。


「何だその魔法盾は、それになぜ闇の聖獣がいる!」


 ブラドとパラッツォを苦しめた、飛行能力を阻害するフェンリルちゃんの特技、不協和音。六属性無効に物理無効とは言いつつも、精神攻撃は効くらしい。空飛ぶ大蛇の動きが怪しくなり、フラフラしている。


「フェンリルちゃん、サポートお願い」


 足下につむじ風をまき散らし、みやびがエアリス顔負けの弾丸飛行で空に駆け上がった。抜いたカラドボルグが七色の虹彩を放ち、流星が如く尾を引き流れていく。 


「そのマントとティアラ、貴様はシルバニア卿か」

「はいご明察。あなた物理無効と言ったわね、試させてもらうわよ。蛇を下ろすのは初めてなんだけど、背開きと腹開きどっちがいいかしら」

「ふん、小娘が世迷い言を。その剣もろとも腐らせてくれるわ!」


 耳障りな詠唱を始める蛇を、フェンリルちゃんが不協和音と体当たりで妨害する。そこへ空を駆け燦然さんぜんと虹色に輝くカラドボルグが、蛇の頭に突き刺さった。


「ば……かな」


 宝剣カラドボルグは腐食することなく、蛇の眉間を貫きその口を黙らせていた。

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