第210話 カルディナ姫の戴冠式(2)

 貴賓室が殺気立ち、一触即発の様相を呈した。もちろんランハルト公とクアラン王の側近も、剣の柄に手を掛けている。


 そんな中マントのフードに入っていた聖獣ちゃん達が、ひょこっと出て来た。みやびの前に整列し、それぞれ主の指示を待つ。

 親指サイズを保ってはいるが、だからといって能力が落ちる訳ではない。室内に漂う殺気の影響か、青龍ちゃんがパリパリ音を立てて青光りを始めた。


 身内はみやび亭で見慣れてしまったから、別段驚きはしない。みやびがマントを着用していない時は、肩か頭に乗っていたり、ポケットから顔を出していたりなので。

 帝国のお偉いさんたちがみやびに一目置くのは、帝国伯という肩書きだけではなく聖なる御使いと認めているから。


「な……、聖獣!?」

「そんな、まさか!」

「信じられん」

 

 祭壇に祀られている聖獣像しか知らない王と名代は、六聖獣を従えるみやびに戦慄を覚えた。それは神聖で侵し難い何かに対する恐怖と怯え。


「あれで土偶ちゃんまで出されたら、手に負えんなブラド」

「奇遇だな、僕も今そう思っていた所だよパラッツォ」


 着替えを覗いちゃった事件で散々な目に遭っている二人が、顔を引きつらせて頷き合う。私の愛妻は頼もしいわと、ファフニールが瞳をキラキラさせちゃってるけど。


「双方、剣から手を離すのじゃ。メリサンド帝国は正しい信仰の下、皇帝を盟主として手を取り合う連合国家、それが大前提であろう。ならば信仰を捨てた時点で敵国、迷うまでもない」


 法王さまの言葉に落ち着きを取り戻したのか、王と名代は収めよと言って側近をなだめた。近衛隊もロマニア聖堂騎士も、剣の柄から手を離す。


「モスマンの呪詛を取り込み帝国を牛耳ろうとする輩に、立ち向かう気概があるのかどうか。私はあなた達に、それを示して欲しいの。

 パルマ国が陥落すれば、次はサルワ国にヘイン国とバジスタ国よ。その戦場に、同じ場所に、同志として並び立つ信仰と覚悟を見せて」


 今川焼きを食べるとき、王と名代二人は正しい祈りを捧げていた。そして聖獣を目の当たりにした態度で、この人達はまだ毒されていないと確信したみやび。外道に落ちて欲しくない、そんな思いで言葉を尽くす。


 そして皆が見守る中、王と名代は胸の前で二重十字を切った。皇帝陛下と次期皇帝に、生涯の忠誠を誓いますと。

 投票結果は満場一致でカルディナ姫に決定。ここに晴れて女帝が誕生し、ミハエル皇子とシリウス皇子が妹に祝福の言葉を贈っていた。


 ――そして夜のみやび亭。


「冷や冷やさせてくれるな、みやび殿よ。あの時は心臓が止まるかと思ったぞ」

「あら、法王さまの心臓には毛が生えていると思ってたのに」


 そんなわけあるかいと渋い顔の法王さまに、みやびがうふふと笑みを見せながら小鉢を置いた。それは黄金色に輝く、みやび謹製の栗きんとん。

 赤もじゃと同じく酒飲みの甘党と見抜いているから、お通し代わりに出したのだ。どうどう落ち着いてと。


「今ごろ貴賓室で彼らと側近達はたまげておろうな、みやび殿」

「そうだなパラッツォ。メニューは何にしたんだい? みやび」

「ハンバーグプレートよ。和風ソースとデミグラスソースとガーリックソースの三種類、スープはミネストローネにしたわ」


 ファフニールが君主として晩餐に招待し、今アルネチームの給仕により振る舞われている。そりゃ夢中になるだろうなと、カウンター隅の男四人衆がクスリと笑う。

 近衛隊も警護に回っているので、お店を切り盛りしているのは調理科三人組と妙子の四人である。

 守備隊と牙も厳戒態勢で動員されており、テーブル席には誰もおらず、お客さんはカウンター席の常連さんだけだ。


「皆さんにこれを試して欲しいのだけれど、いいかしら」

「香澄殿、これはなんじゃ?」

「私達の国では麦酒ビールと呼んでいるのよ、モルドバ卿。揚げ物によく合うから、鶏の唐揚げと一緒にどうぞ。法王さまとアーネストさま、ミーアさまはアスパラガスの素揚げで試してみて」


 香澄がみんなの前にグラスを置き、麻子が揚げたてを皿に盛り並べて行く。

 妙子がぶどう酒生産を確立するまでは、ハチミツ酒がこの世界のお酒であった。当然みんな麦酒は初めてで、揚げ物を頬張りつつキンキンに冷えたグラスの麦酒を流し込む。


「むほ、これは良いなブラド」

「確かに、揚げ物に良く合う」

「原料が麦とは驚きましたね、兄上」

「シリウス、これは大発明かもしれないぞ」


 男四人衆はもちろん、カウンター席の誰もがこれは良いと顔を綻ばせる。思わずバルディが、喉ごしがたまらんと一気飲みしていた。


 黒パンに使われているパン種が麦酒発酵に合うのではと、香澄が試して本日のお披露目となった次第。彼女のお父さんが、よく適法内で作っていたらしい。

 日本ではアルコール度数1%を超える飲料を、無免許で醸造するのは法律違反。けれどここはロマニア侯国、見た目ふわふわとした印象の香澄だがやることは大胆。


「ふぉっふぉっふぉ、これは美味いな。喉にキリッと来る」

「法王さま、お髭に泡が付いていますよ」


 アーネストがおしぼりで、法王さまの髭を拭いて差し上げる。パラッツォも口の周りが泡だらけで、皆からの笑いを誘っていた。


「ところでラングリーフィンよ、わらわ達にも栗きんとんをくれぬか」 


 甘い物は別腹と、女性陣が瞳をキラリンと輝かせる。オッケーどんと来いと、みやびは小鉢によそい女性陣に振る舞った。もちろん赤もじゃの分も忘れない。


 明日はカルディナ姫の戴冠式。法王さまから次期皇帝を示す、ティアラを授かる大事な儀式が執り行われる。

 誰もが、このまますんなり行くとは思っていない。何かしらの妨害はあるだろうという腹づもりで、みやび亭の夜を楽しんだ。


 その頃第一城壁の上を、土偶ちゃん達が時計回りにふわふわ周回していた。東西南北の城門を通らずに城壁を越える者がいれば、問答無用で魔力弾をお見舞いされる事になるだろう。

 ちなみにみやび亭五号で効果に気付いたみやびは、土偶ちゃん達に四属性マーブルコーティングを施していた。月明かりに照らされた土偶ちゃん達は、何気に鬼畜仕様へ改造されていたりする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る