第209話 カルディナ姫の戴冠式(1)

 ――翌日。

 エビデンス城の貴賓室に於いて、選定侯会議は紛糾していた。

 帝国内の情勢に疎い国の王や名代が、なぜカルディナ姫なのかと法王さまに問い詰める形で大荒れ。まあ法王さまが冒頭で、カルディナ姫を推薦したからだが。

 その根底にはじゃじゃ馬と評判の第一皇女を嫁に迎え、帝国内で発言力を増そうという小国の魂胆が透けて見える。


 まあそれはそれで、政治的にはアリかもしれない。けれどなんだかなぁと、みやびは吐息を漏らす。

 帝国内で戦が起きるのはもはや避けられない。この会議が持つ意味と大局を、見極める事ができていないと内心でぼやく。


 そんなみやびの手を、隣に座るファフニールが握ってきた。どうやらみやびのぼやきが伝わったようで、その顔は素知らぬふりで前に向けられている。ありがとねと念じつつ、みやびはその手を握り返した。


 上座には法王さまと進行役のアーネスト枢機卿が陣取り、両脇に見届け役のクララ、皇位継承者である三兄妹が並ぶ。

 投票に入れば過半数を超えているのだから、姫君を推すこちらとしては紛糾しても一向に構わない。


 “けれど戦争となった場合、あんたらはどっちに付くのか”


 この会議はそこをはっきりさせるための、分水嶺ぶんすいれいである。カルディナ姫を推す面々は見えている投票の結果よりも、剣を交える事になる敵かどうかにアンテナを立てていた。


「休憩をはさみ、投票はその後と致します」


 進行を務めるアーネスト枢機卿が一度区切りを付け、アルネチームによろしくねと目配せをする。

 近衛隊は第一種警戒態勢で貴賓室の壁際にズラッと待機しているため、給仕はアルネチームに任されていた。


「法王さま、三種類のお盆から一個ずつどうぞ」

「ほほう、見た目は同じでも味は三種類ということかね? ヴィゼグラーフィン・アルネ」

「その通りです、美味しいですよ」


 微笑むアルネがワゴンを押す配下を引き連れて出したのは、何と今川焼き。

 地域によっては大判焼き、回転焼き、おやきとも呼ばれている。発祥は江戸時代、東京は神田の今川橋と伝わっており本作では今川焼きと記す。

 時々無性に食べたくなる和菓子ではあるが、世間では呼び名で度々論争が起きるシロモノ。そんな訳で扱いが難しいゆえ、ここでは今川焼き表記でご容赦を。


「むほほ。こっちは小豆餡、こっちは白餡、こっちはウグイス餡か、どれも美味びみじゃのう」


 ビュカレストの滞在期間が長きに及んだせいか、法王さまは餡子の種類を覚えてしまわれたようで。そこへソフィアとエミリアが二人がかりで、でっかいヤカンで湯呑みにお茶を注いだ。


 この意味するところは参加した王と名代に、法王さま自らが毒味をしたと知らしめることにある。室内にどよめきが起きたのは言うまでもない。

 カルディナ姫を推す法王側は、ランハルト公もクアラン王も、シルビア姫もミーア司教も、リンドを信用できなくなったら世も末と考えている。


 だが他の王や名代は違う。

 昨夜は君主ファフニールの、貴賓室への招きを断り客室に引き籠もったのだ。食事の提供も断り、恐らく干し肉でもかじって一夜を過ごしたのだろう。

 これには麻子と香澄が激おこプンプン丸。意地でもあいつらの口に何か入れてやりたい、それが休憩タイムの今川焼きであった。


「どうぞお取りになって下さい、三種類ですよ」

「あ、ああ、分かった」


 愛想を振りまくアルネと、そしてヤカンからお茶を注ぐソフィアにエミリア。

 ワゴンに積んだお盆から、側近が三個選び皿に乗せて王の前に置く。毒味しましょうかと問う側近に、バカを言うなと王が顔をしかめた。

 それをやってしまったら、皆の前で毒味をした法王さまを侮辱することになる。しかも今川焼きを食べなければ、敵と認定される可能性だってあるのだ。


 会議に参加した王や名代は、リンド族と剣を交えたらどうなるか、あまり考えたくない事を頭に思い浮かべながら今川焼きを頬張った。


「……え?」

「これはいったい……」

「甘くて美味いな」


 近衛隊や聖堂騎士と共に壁際で控えていた麻子と香澄が、してやったりと薄ら笑いを浮かべる。どうだ美味しいだろうと。


「みや坊、いま何か悪いこと考えたでしょ」

「んふふ。今川焼きの具材に昨夜のトッポギを入れて、あの人達に食べさせてやりたかったなって」

「呆れた……」


 それは勘弁して欲しいと、左隣に座るランハルト公がお茶を吹き出しそうになっていた。いやアリかもしれんぞと、ファフニールを挟んで右隣に座るパラッツォがニヤリと小豆餡を頬張る。

 実際には餡子の代わりにコーンやツナ缶、餃子の具といった、アレンジをする地域もあって今川焼きは多種多様。美味しければ何でもアリなのだ。


「これより投票に入りますが、まだ意見のある方は挙手を」

「はい! 枢機卿さま」

「どうぞ、ラングリーフィン・みやび」


 みやびはテーブルの向かいに座る、王と全権を委譲された名代二人に顔を向けた。この三国がリンドを人と認めるかは別にして、ここへ来たからには敵意を持たないはず、そう信じたい。


「サルワ国にヘイン国とバジスタ国は、誤った信仰に毒されているわ。そしてパルマ国も、そうなりつつある」


 あなた方はどうなのと、みやびは問い詰める。寝耳に水だったのか、王や名代達は顔色を変えた。


「戴冠式が済み次第、ロマニア侯国は帝国法に則りパルマ国に宣戦布告を行います。共に戦うか中立を保つか、あるいは敵に回るか、ここではっきりさせてちょうだい」

「そ、それは国元に帰り協議してから……」


 腰が引けている三人の王と名代。

 そこへダンという音が貴賓室に響き渡る。それはみやびが、拳でテーブルをぶっ叩いたからだ。これには身内もびっくりで、ファフニールがキョトンとしていた。


「パルマ国に宣戦布告すると、いま言ったはずよ。ここで答えを出して貰わないと、あなた方をお国に帰してあげられないわ」


 これがみやびなのだ。

 味方×中立か、重要な局面に於いてお茶を濁すような真似は許さない性分。法王さまとランハルト公、そしてパラッツォとブラドが、やらかしてくれるなと身構える。


 王と名代の側近が剣の柄に手を掛けた。

 応じて近衛隊も背中の剣に手を伸ばす。

 我が主を守ろうとミスチアにエミリーとバルディが、法のために戦うロマニア聖堂騎士が、それぞれ剣の柄を握り締めた。

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