第208話 選帝侯会議の前夜
名代を仰せつかったミーア司教と、ランハルト公にクアラン王も、みやび亭のカウンター席に参戦。明日の選帝侯会議を控え、帝国のお偉いさん達が大集合。
案の定というか、参加を表明しなかった国からは使者どころか書簡すらも届かなかった。ガン無視した以上は、帝国領邦国家群の敵である。
領邦国家群とは、皇帝を盟主とした大小王国の連合体。独立して我が道を進みたいなら意思表示をすべきで、それすら無いのであれば敵と言わざるをえない。
「票の過半数は得ておる。明日の投票で、カルディナ姫の次期皇帝は確定じゃ」
「
「どんな邪魔が入るか分からん。リンド族のお膝元である、ビュカレストの大聖堂で執り行うのが安全であろう」
揚げ出し豆腐を頬張る法王さまとカルディナ姫に、クララとミスチア、アーネスト枢機卿も、その通りですねと箸を動かす。
カリカリに揚げた木綿豆腐を小鉢に張った天つゆに泳がせ、ダイコン下ろしと小ネギをあしらうのがみやび流。
「いかに国境の警備を厳重にしようと、前例を考えれば気は抜けないなパラッツォ」
「その通りじゃブラド、入国申請をせずに国境を越えた輩は必ずおるじゃろう」
「その前例とやら、僕らにもお聞かせ願えませんかモルドバ卿」
「構わんが、けっして楽しい話しではないぞミハエル皇子」
かつての屋台襲撃事件と、旧ボルド王が差し向けた刺客の話しである。カウンター隅の男四人衆は、お刺身盛り合わせを頬張りつつ都市防衛の意見交換を始めた。
そしてこちらはランハルト公とクアラン王。みやびが皇帝とノワル王に、味噌醤油と日本酒の醸造権利を与えた事に憤慨していた。
「ラングリーフィンよ、酷いではないか」
「ランハルト公の仰る通り、クアラン国でも生産させて欲しい」
「んふふ、条件次第よ」
もちろんみやびとしても、お料理を世に広めたいから大歓迎である。今まで働きかけなかったのは、相手がやらせて欲しいと言って来るのを待っていたから。
オトマール公国はカカオ豆の産地、クアラン国はコーヒー豆の産地。ロマニアはどちらも輸入しているのだが少々お高く、両国に輸出税を下げて貰うのが狙い。
「わはは、そう来たか。会議と戴冠式が終わったら交渉させてくれ。クアラン王も異存はなかろう?」
「もちろんです、ランハルト公」
そんな二人にお待ちどおさまと、焼き鳥盛り合わせを置くみやび。我が愛妻は交渉に長けているなと感心しながら、ファフニールが頬を緩めつつ好物のきんぴらごぼうを頬張った。
「ミーアさま、あれおすすめですよ」
「トコロテン……とは何でしょう、エミリーさま」
エミリーが聖職者でも大丈夫ですと、新しく増えたお品書きをミーアに指し示す。聖職者向けはお品書きを青色で書くから、ミーアも気にはなっていたようだ。
そこへみやびがこれよと、トコロテンを天突きからにゅーんと出して見せる。原料が海藻と聞き、海沿い国のシルビア姫とバルディが身を乗り出した。
「酢醤油と黒蜜、両方食べてみて。シルビア姫とバルディさんもどうぞ」
他国のお客様はどのみち無料、みやびが気前よく小鉢を並べていく。海藻から作るこの寒天は、和菓子にも欠かせない大事な素材。ノワル国チームは製法を知りたがるだろうなと、みやびは口角を上げた。
「ソフィア、エミリア、六番テーブルにお冷やとおしぼりを。お通し何がいいか聞いてきてね」
アルネの指示でかしこまりーと、お盆を手にテーブルへ向かった二人。アルネの新しい配下で、パウラ、ナディアとは仲が良い。
リンド族の女性がメイド修行に入るのは十二歳から。ファフニールはそれを基準に採用していたが、パウラとナディアは当時まだ誕生日を迎えていなかった。
それで保留となりたまたまアルネの配下となったわけだが、ソフィア、エミリアとは同い年である。
ところでその六番テーブルなのだが、少々雰囲気が重い。レベッカ・ヨハン君・フランツィスカ・牙の人事担当レイラが、額を突き合わせているのだ。
麻子のマイア州から千草色マント、香澄のミズル州から
「アルネ、お通しと一緒にこれを六番テーブルに」
「はい麻子さま……、ってこれ大丈夫なのですか?」
それは汁が多めの真っ赤っかなトッポギ。
トッポギ自体お店で出したことはまだ無くて、味と辛さを知るのは試食に関わった一部のメイドのみ。
しかし麻子よ、ご丁寧にトマトのざく切りを上に乗せ、トマトスープ風にカモフラージュしている所がエグイ。
「あの、麻子さまが皆さんに試食して欲しいそうです」
「ほう、新作か。ごちになるぜ麻子殿」
感想よろしくねと、麻子がレベッカにうふふと微笑む。
いやレベッカとフランツィスカは喜ぶだろうけど、ヨハン君とレイラは耐えられるのだろうか。ああやっぱりむせ返っている。
麻子の勧めでティーナとローレル、レアムールとエアリス、クリクリ姉妹が美味しい美味しいとひょいぱく味見。遠巻きに見ていた妙子が、ひいと顔を引きつらせているけれど。
「みや坊、どうして止めなかったの?」
「だってファニー、面白そうだったんだもの」
「呆れた……」
けれど麻子の作戦は正解。
むせ返るヨハン君の背中を叩き、食べられそうも無いトッポギをレベッカが平らげる。同じ事をフランツィスカもレイラにしてあげ、苦笑し合う六番テーブルに重苦しい雰囲気はもうない。
「みや坊、香澄、お品書きに追加するね」
麻子の新メニューにどうぞどうぞと、みやびも香澄も首を縦に振る。リンド族限定になりそうなメニューだが、麻子はお品書きを黒字と青字の二枚貼り付けていた。
「私でも、食べられるのですね」
突然そんなことを言い出したミーア司教に、早まってはなりませんと止めに入るエミリー。けれど遅かりし、電光石火の早業で麻子が小鉢を置いてしまった。
「ん……」
口に含んだ瞬間、眉間にしわを寄せたミーア司教。けれど彼女はむせる事なく、咀嚼してこくりと飲み込んだ。
辛いものを食べる人、その姿を見ると頭皮の毛穴という毛穴が開く。条件反射と言うか、そんな感覚に襲われるのは何故だろう。
「辛いですけれど、その奥に美味しさがありますわね」
なんとミーア司教、笑顔でもう一口。
けれどただ辛いのはダメで、辛いけど美味しいけど辛いけど美味しい。これが大前提ですとは本人の談。
お料理対決の一次予選で、近衛隊のメイドが辛さと美味しさのバランスを取っていたら、ワンチャンあったなとみやびは思い返す。
「麻子さま、フライヤー・マシューはこれを作れるのでしょうか?」
「もちろんよ、ミーアさま。リクエストしたら山盛のてんこ盛りで作るはず」
それは楽しみですわと、ミーア司教は手を叩いて微笑んだ。わしにもくれとパラッツォが言い出し、自分も食べてみようかと店内がチャレンジムードで熱を帯びる。
明日は選帝侯会議。反抗勢力の動きも気になるが、みやび亭はいつも通りのみやび亭であった。
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