第207話 みやび亭五号が営業開始
マーベラス城の広場に、出来上がったみやび亭五号をポンと出す魔王さま。ついでにパウラとナディアのワイバーン四頭と、味噌醤油やみりんに日本酒といった調味料もどんどん並べていく。
途中でラムルのお屋敷から拾ってきたターニャとユリアが、ゲート初体験と亜空間倉庫を目の当たりにして放心状態。そんな二人にパウラとナディアが、早く慣れてねという顔でフフンと笑う。
そしてこのみやび亭五号だが、魔王さまは全体にマーブルコーティングを施していた。海が近いから、塩風による木材パーツの腐食や金属パーツの錆を考慮した次第。ノワル国の町並みを参考にした、塩害による老朽化対策と言える。
屋台全体という広面積かつ細部にコーティングを施すとなると、単純なスモールシールドへの平面施術とは段違いに高難易度。
相応の修練と魔力が要求されるけれど、それを平然とやってのけちゃうのが魔王さま。ただし彼女、大変重要な事がスポーンと頭から抜け落ちていた。
“それやっちゃったら、みやび亭五号は四属性の魔力弾が無効の屋台”
立ち会いに来たパラッツォが、そしてアグネス知事と臙脂色マントの面々が、もはやプチ要塞だなと乾いた笑みを浮かべていた。やっちゃった当のご本人はと言えば、全くもって無自覚のあっけらかん。
「ここでいいかしら?」
「ええ、お願いしますラングリーフィン」
アグネスに確認しつつ、屋台の位置を微調整。
建物の構造上、狭い調理場を拡張する事が出来なかったマーベラス城。けれど調理場の外壁に、穴を開けて通用口は作れるでしょと言い出したのが魔王さま。
つまり調理場へ隣接させることにより、ダイニングルームへの食事提供が容易となる仕組みと言うか荒技。
「それじゃ早速、試運転を兼ねて昼食を作ってみよう」
みやびの合図にパウラとナディアが頷き、ターニャとユリアを呼んで作戦会議。ここではみやび、手を出さずに四人のお手並み拝見である。
テーブル席を出し、パラッツォにアグネス知事を交え調理の行方を見守る構え。ティーナとローレルが、お茶を煎れつつアンテナを立てていた。お目当てのリンドは誰かしらーと。
牙のリクエスト上位三十を、副菜と汁物込みでマスターしているパウラとナディア。そこに居酒屋メニューの小料理や、洋菓子に和菓子も頭に入っている。
そんな二人の手ほどきを受け、ターニャとユリアは毎日三食作ったはず。包丁さばきは期待してないけれど、決まったメニューに対してちゃんと動けるだろうか。
みやびはそれを見極め、必要とあらば民間のメイドを一人か二人、追加で派遣することも視野に入れていた。
「朝市でワイバーンのゴンドラに積んだ材料から察するに、カレー系統である事は間違いないわね」
「ほほう。ところでみやび殿、パウラとナディアの衣装は変わっておるな」
お茶をすすりつつ、じゃが可愛らしいとパラッツォは微笑んだ。孫かひ孫かという世代の、健康的な足に躍動感を感じたのだろう。
今はマントを外しているけれど、二人はみやびから譲り受けた中等部時代の洋服を着ていたりする。それはショートパンツにカットソーで、その上にエプロンを着用。
こちらの世界では、靴は職人がオーダーメイドで作る。くるぶしの上から折り返した、ロビンフットみたいなブーツがデニムのショートパンツに良く合っていた。
実は士分として仕立ての良い衣服が市場で見つからず、いやあったのだけれどサイズが大きくて合わなかったのだ。ミシンを手に入れた妙子が、いま鋭意制作中。
そこで調理科三人組が、じゃああっちの服で行こうとワイキャイ騒ぎつつ、コーディネートしたわけで。
「ここで投入するのが命のガラムマサラ!」
そこへ誰かさんがよく発するかけ声が響き渡った。
犯人は牛豚合い挽き肉を炒めていたナディアで、見物に来ていた臙脂色マント達が目を点にする。
それはパラッツォとアグネス知事、料理を覚えねばならない城のメイド達も同じ。ティーナとローレルが、必死に吹き出すのを堪えていた。
あちゃあとみやびが顔に手を当て、麻子の影響を多分に受けた人がここに一人とつぶやいた。ナディアめ、いつかは自分もやってみたいと狙っていたに違いない。
「シェリーフィン・パウラ、今のはいったい?」
「気にしなくていいわよユリア、サラダに使うお野菜どんどん切って」
「シェリーフィン・パウラ、ドレッシングの味見をお願いします」
「うん、これでいいわ。次は炊き上がったご飯をほぐしてターニャ」
ちゃんと連携が取れている、それが分かってみやびはよしよしと頷く。そしてパウラの手元に視線を移し、そう来ましたかと口角を上げた。
今の時期は早採りしたサヤエンドウが、朝市でお安くいっぱい売られています。そう報告書に書いてあったなと、みやびは思い出していた。
――そして実食タイム。
以前ティーナとローレル、イレーネとパトリシアによって、交通整理という名の教育が施された臙脂色マントの面々。
お行儀良く整列する彼らに、ティーナとローレルがフフンと笑う。もちろんパウラとナディアが反応するリンドはいるか、そのチェックも忘れない。
トレーに置かれるのは、
タマネギと挽肉を炒めて作った汁なしドライカレー、
フレンチドレッシングのサラダ。
みやびがグッジョブと親指立てたグーサインを出すと、パウラとナディアは照れ笑い。これは美味いとパラッツォがお代わりを要求し、アグネス知事がむふぅと頬に手を当てていた。
「なんじゃ、そんな話しが出ておったのか」
「試みだからまだ内密にしてね、赤もじゃ」
老練というか、ティーナとローレルのおかしな目線に気付いたパラッツォ。みやびに問い正した彼は、ぶどう酒を手にふぉっふぉっふぉと笑った。アグネス知事も気付いていたようで、そういう事ねとクスリと笑う。
「憧れているだけで、まだ決まった相手がいないのではないかしら」
「アグネスの言う通りじゃな、わしもそう思う」
「むしろいつも近くにいる慣れ親しんだ人の方が、ちょっとしたきっかけで燃え上がるかもよ。ねえモルドバ卿」
アグネス知事の流し目をもらい、げふんげふんと咳き込むパラッツォ。そう言えば赤もじゃの馴れ初め話し、聞いたことがないなとみやびはお茶をすすった。
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