第206話 シェリーフィン(士分)
畑を荒す野良ワイバーンをたった二人で、村を見捨てず捕獲という高難易度な形で解決したパウラとナディア。
魔力弾が飛び交う戦場で、臆することなく
これを重く見たパラッツォが、士分にとみやびに推薦したのが昨夜の話し。ファフニールとしても異存は無く、アルネも配下の昇進を歓迎していた。
任命には未成年の場合、親か後見人が必要となる。成人ないし今年十五歳に達する子なら、親がいなくても任命できるのが帝国のルール。
それでみやびは教会の子供達を、可能年齢に達するまで保留にしているわけだ。パウラとナディアは牙に所属する父親がおり、士分への任命に問題は無い。
“祖父は受け入れてくれたロマニアに報いるため牙になったわ。八年前は志願して最前線へ行ったのよ、死んじゃったけど。
そして父も祖父の意思を継いで牙になった。私達家族はね、ロマニア国民として胸を張りたいの。
それなのにあんた達は祖国の言語とか民族の言語とか、いったいどこの国の人よ。ここはロマニアなの、ロ・マ・ニ・ア!”
それはかつての公用語会議で、パウラが放った心の叫び。難民申請による移民というコンプレックスを、彼女は心の深い所に抱いていたのだ。
リンド族は人種差別も民族差別もしない。けれど心ない者があれは移民と口にすれば、幼子の胸には深い傷となって残る。
そんな無意識による抑圧は、みやびの手によりこの時をもって解放される。私はロマニアの国民だと、誰はばかることなく声を大にして言えるから。
「うれ……しい」
顔を両手で覆い、そう言って泣き出すパウラ。ナディアも同じく移民の家系、気持ちが分るのかもらい泣きをしていた。
「アルネ」
「はい、ラングリーフィン」
みやびの目配せで、アルネはローレルから受け取りながら、二人にチェシャの肉球ワンポイントが入る若草色マントを羽織らせた。それは話しを聞いた妙子が、夜なべして縫い上げたもの。
士分に叙任式や紋章印の授与はないけれど、シルバニア方伯領の役人としてマントが与えられる。憧れていたのか、二人は裾を摘まんで感極まった。
ちなみにパウラとナディア、お父ちゃんよりも偉くなってしまった。
パウラ・シェリーフィン・トゥ・シルバニア。
ナディア・シェリーフィン・トゥ・シルバニア。
これが正式なフルネームとなる。シェリーフィンは女性形で、シェリーフが男性形。シルバニア方伯領の地域代官という意味合い。
知行地を与えるのはアルネと同様に、十五歳の誕生日を迎えてからと決めているみやび。その年齢までに領地運営を身に付けてもらうのが狙いで、代わりに俸給をアルネ経由で渡すこととなる。
「それじゃ早速なんだけど、明日からラムルの町にまた行って欲しいの」
「それはもしかして、私達にみやび亭五号を任せると言うことかしら?」
そうよパウラと、みやびはにっこり微笑む。相変わらず言葉遣いはアレだが、察しがいいのは助かる。
みやびが求めているのは言葉遣いなんかよりも、勘の良さと臨機応変さに度胸。漫才コンビ……もとい二人にはそれがある。
「マルクスはやることあるから出せない上に、ノワル国にも小さな板前さんを派遣したでしょ。市場でのお料理教室もあるから、これ以上小さな板前さんが流出すると屋台運営に支障が出るの」
成る程それで自分たちに白羽の矢がと、パウラとナディアが納得した顔で頷く。それは料理の腕前を認められたことにもなるわけで、二人はやったろうじゃんと表情を引き締めた。
「アルネは民間のメイドから、腹心となりそうな子を二人選んで配下にしてちょうだい。決まったら私に報告してね。子爵となった以上、信頼できる部下を増やしておいて」
「承知しました、ラングリーフィン」
扉を出て行くアルネチームを見届けたファフニールは、手にした湯呑みをテーブルにコトリと置いた。
その湯呑みはお寿司屋さんでよく見かける、魚漢字が並んでいるアレ。蓮沼家でたまたま見つけ、譲ってもらった大のお気に入り。
「ねえみや坊、何か企んでるでしょ」
「うわ人聞きの悪い、試みと言ってよファニー」
そんなやり取りを始めた侯国の君主と宰相。何の話しだろうと、ティーナとローレルがお茶を煎れる手を止めた。
スオンの絆で結ばれた赤い糸は、色の泡立ちとなり心に伝えて来る。
ラムルの町へパウラとナディアを再派遣する理由は、確かにもっともで筋が通っていた。けれどもうひとつ、何かあるでしょとファフニールは目を細める。みやびは敵わないなと言いつつ、頭に手をやりにへらと笑った。
「普通の結婚よりスオンになりたいって言ったのよ、あの二人。でもエビデンス城にお目当てがいるなら、勘の良い女性リンドが気付いて噂になってるはずでしょ」
昨夜に開店前のみやび亭で、彼女が顎に人差し指を当てたのはこの件だったか。それは試みと言う名の、余計なお節介かも知れないが。
けれどもそれは縁を結んだ者の背中を押す、精霊の加護かもしれない。この世界の精霊さま、一番の仕事は縁結びだったりして。
「ねえティーナ、そうなるとぉ、交流があった他領の守備隊でしょうかぁ?」
「クスカー城とマーベラス城に行った時ね、ローレル。若草色マント、千草色マント、
そんな二人の会話に、その通りよとみやびは頷く。ふむふむなるほどねと、ファフニールがみやび謹製の甘納豆を頬張った。
みやびがパラッツォの部屋で見せてもらった、アグネス知事からの書簡。そこには二人の功績だけではなく、面白いエピソードもしたためられていた。
お屋敷のようすを見に来てくれる副隊長ケヴィンに、パウラとナディアはお土産にとクッキーを持たせたらしい。
パラッツォがそうであったように、美味しい匂いには敏感なリンド族。クッキーが発覚してしまい、臙脂色マント達がズルイと大騒ぎになったんだとか。
見かねたアグネス知事が鬼と化し、二人一組の輪番制に変えてお屋敷のようすを見に行けと、事態を収拾した内容だったのだ。
ならばパウラとナディアはお屋敷の中で、十人以上の臙脂色マントと直接交流があったはず。これがマーベラス城に設置するみやび亭五号を、二人に任せる魔王さまの試みなのだ。
「んふふ。吉以上は出ても、凶は出ないでしょ」
いま執務室にいるメンバーは、大川通り商店街の神社で焼き鳥を頬張りつつ、おみくじも経験している。なのでみやびのセリフは意味が通じるのだ。
「大吉だといいですねぇ、ティーナ」
「不安要素はパウラの言葉遣いだわ、ローレル」
そんな配下の会話を聞きながら、魔王さまは別の企ても考えていた。ティーナとカエラを二人きりにする良い策はないかしらと。
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