第216話 パルマ国の攻防戦(1)
オトマール公国もクアラン国も、挙兵の準備は済んでいた。クアラン国で軍団を拾い、パルマ国と国境を接するオトマール公国へひとっ飛びのみやび。
「クアラン王よ、あの御仁が敵でなくて良かったの」
「全くです、ランハルト公。リンドの軍団をどこにでも一瞬で運べる力は驚異ですからね」
二人が見守る中、みやびはオトマール公国の軍団を亜空間倉庫へ放り込み……もとい入ってもらった。倉庫内では近衛隊による、シリアルバーとウエハースの配布が行われている。
干し肉なんて味気ない思いはさせないわ、戦闘糧食はこの私達にまっかせーなさーい。これが調理科三人組の談で、近衛隊の面々も張り切っている。
「ランハルト公よ、布陣はどう致す?」
「まずは国境線に構え、敵さんがどう出るか見るつもりじゃ。モルドバ卿も、その心づもりで頼む」
承知したと頷き、パラッツォが背中の大剣をカチャカチャ鳴らしながらファフニールとブラドの元へ戻る。最初の布陣は国境線とパラッツォが伝え、地図を開くヨハン君とレベッカが配置の段取りにペンを動かしていく。
南の国境からノワル国が、東の国境からみやび達連合が攻め込む。お互いパルマの首都で会いましょうと、シルビア姫とバルディは国元に送り届けていた。
「前枢機卿に
「サマエルのように精霊化の呪詛を使うなら、徹底抗戦の可能性もある。気を引き締めないとな、パラッツォ」
その精霊化に、どれほどの民が生け贄として犠牲になるか。そんなことが脳裏を過り、ファフニールは眉をひそめた。
民あっての王侯貴族、民を守れない者に王たる資格は無い。首都ビュカレストを死守せんとレゾリューションを行使した、母ラウラと先代ブラド六世の意思は、ファフニールの胸にもしっかりと受け継がれている。
「それでは国境に飛びますよ、皆さん集まって」
まるでお散歩にでも行くようなみやびの呼び掛けに、苦笑しつつ集合する首脳陣。それぞれが頷き合い、開いたゲートに入って行った。
この世界、国境と言っても城壁や鉄条網で仕切られている訳ではない。パルマ国との国境は、街道に双方の国境警備詰め所とバリケードがあるだけ。
亜空間倉庫からポポンと荷物……もとい軍団を出していくみやび。突如として国境に現われた旗印に、パルマ側の詰め所が騒然となった。
二頭の竜が首を交差させて向き合う、無限大を意味するロマニア侯国の旗。
王冠の両脇をサポーターとして支える獅子、それはオトマール公国の旗。
天秤が描かれた盾を下から支える新芽の二葉は、クアラン国の旗。
そして王冠の上に双頭の鷲、それを左右から支えるサポーターの
皇帝領三兄妹も参加してはいるけれど、首脳陣は皇族に剣を抜かせる気なんてさらさら無い。どちらが官軍でどちらが賊軍か、はっきりさせるための
馬の蹄の音。ワイバーンの鳴き声。後方支援を担う兵站部隊の荷車が行き交い、それぞれが布陣を進め国境線は鉄火場と化している。
そんな中、運動会テントでは近衛隊がおにぎりを鋭意制作中だった。戦闘糧食は任せなさいと言った調理科三人組に嘘偽りは無く、通達を受けた各国の小隊代表が集まり受け取っていく。
具が牛肉の大和煮や焼きシャケのほぐし身、筋子や焼きタラコだったら大当たり。辛い山海漬けやナスの辛子漬けも、別の意味で大当たり。
もちろん梅干しにツナマヨやおかか、昆布の佃煮や髙菜もある。けれど近衛隊のリンドたち、いっぱいある具材から自分の好みで握っちゃうからね。
偏るのは致し方ないし無作為に並べ、そこから三個拾ってタクアンと一緒に笹の葉で包まれる。どれが何のおにぎりかは、食べた人のみぞ知る。
それでも戦場となれば、三食が干し肉も当たり前のこの世界。むしろ食事する機会があるだけマシなので、みんな野戦おにぎりをもらって嬉しそうだ。
「味噌汁が入った竹筒は再利用しますからぁ、必ず返却してくださいぃ」
「全軍に行き渡るくらいありますから、慌てなくて大丈夫ですよ」
ローレルと絆を結んだアルネが、紐を通した竹筒に豆腐と油揚げの味噌汁をよそって並べていく。仮とは言え近衛隊員を配偶者とする、準子爵のリッタースオン。みやびの配下として従軍し、チェシャの肉球入り若草色マントをひるがえす。
各国の腹ペコたちをさばいていくその姿は中々に頼もしく、志願して同行したソフィアとエミリアもお玉杓子を手に奮闘していた。
「おお、梅干しであったか。
甲冑姿のミハエル皇子がむせているのは、ナスの辛子漬けに当たったか。片やシリウス皇子が、まさかこれはと目を見張る。
「それネギ味噌チャーシューです、レアですよ。他にも生姜焼きとかタルタルチキンとか」
テーブルに座る首脳陣にお茶を煎れていた、ティーナがそんな事を言うもんだから何だってーという騒ぎになってしまった。
「あー、みやび殿」
「聞こえない聞こえない聞こえなーい」
物欲しそうな顔をする、ランハルト公の声を封殺するみやび。レアおにぎりをランダムで投入したのは麻子組と香澄組の仕業なので、みやびは内容を知らないのだ。
みやびの隣でファフニールが、激レアの大葉肉味噌を頬張っていた。食い物の恨みは恐ろしい、麻子も香澄もやらかしてくれる。
しかし古い話になるが、米軍の糧食に付いてくるお菓子でM&M'sチョコレートが出ると当たりだった時代がある。完全ランダムだけれど、食事に変化と楽しみを与えるという点では、まあ悪くはない。
「明朝、敵さんに動きが無ければバリケードを破壊して進軍するがよろしいか」
お茶をすするランハルト公に、皆が異議無しと頷いた。向かいに見えるパルマの国境警備詰め所は、騎馬が何往復かしている。何かしら動きはあるだろうと、武人の顔になる面々であった。
――その頃マーベラス城では。
「このタイミングで軍団を出して来るとは思わなかったな、ケヴィン」
「宮中伯領に応援要請をします、アダマス隊長。場合によってはシルバニア領にも。よろしいですね? アグネス知事」
「ルーシア知事には私から話しをつけましょう、ケヴィン。それにしても国内の勢力をパルマ国に向けたこの時に、まるで見計らったようね」
城壁から対岸を見据える三人の目には、交差する
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