第202話 ショタでも別にいいじゃない

 “彼を好いております”


 その言葉を聞き、直ぐさまみやびはゲートに飛び込んだ。

 ゴンドラに開いたゲートの先は、インペリアル城の調理場。当事者であるマルクス本人に話しを聞かねばならなかった。


 みやびが突然姿を消したことに、慌てふためくクララとシルビア姫にバルディ。そんな三人とは対照的に、魔王さまが帰るのを冷静に待つみやびチーム。


 そして戻ったみやびは、ちゃぶ台の前に座りずずっとお茶をすする。

 緑茶は香澄の領地であるミズル州で見つかったもの。本格的に栽培し、発酵させて烏龍茶、更に発酵させて紅茶にしましょうと、麻子と香澄がロマニアの特産品にしつつある。


 茶柱が立っている湯呑みを両手で包み、みやびは改めてクララと向き合った。事実を、けれど慎重に、話しを聞かなければならない。


「もう、マルクスと同衾どうきんされているのですね」


 みやびに問われ、クララは顔を真っ赤にして首を縦に振る。

 同衾とは同じ布団で眠るという意味だが、みやびはそれ以上突っ込まなかった。だってそこから先は、聞くだけ野暮なのだから。

 ティーナとローレルが両頬に手を当て、ヨハン君がポカンと口を開ける。頭上のアルネは、果たしてどんな顔をしているのやら。


 クララの配下であるメイド達は、牙のリクエスト上位に入る料理を作れるレベルに達していた。なのにマルクスを手放せなかったのは、彼を愛してしまったから。


 けれど皇帝の台所番、その地位は伯爵である。準男爵に任じ十五歳を迎えたら正式な男爵となるマルクスだけれど、この身分差はいかんともし難い。

 リンド族と契るスオンは例外として、貴族の恋愛結婚は身分差が邪魔して成就するにはハードルが非常に高いのだ。


 クララは伯爵家の一人娘で独身のアラサーだったなと、みやびは思い出しながらお茶をすすった。

 婚約者はいたけれど病死してしまい、伯爵家に相応しいお相手が中々見つからなかったクララ。

 父親も早くに他界し、寂しさを紛らす為にカルディナ姫の教育係を買って出た彼女は、気が付いたら三十路を過ぎていたらしい。


「お母さまはご存じなのですか?」

「いえ、まだ話せずにおります」


 そう言いながら、ちゃぶ台に人差し指でのの字を書くクララ。

 台所番はインペリアル城に常駐する役職で、帝国の機密に触れる事も多い。実家には中々帰れず、母への文には検閲があるから書けず、どん詰まりである。

 

 正三と辰江を見てきたから年の差婚は気にしないし、ショタもアリでしょうとみやびは受け入れる派。なら身分差をどうしたものかと、彼女は頭を悩ませる。


 そこへ食材調達が面白そうだからと付いて来た、シルビア姫とバルディが方法はありますよとクッキーに手を伸ばした。


「伯爵相当の貴族が、その子を一度養子にすれば良いのです」

「その通りですな、相応しい後見人がいれば世間は納得しますでしょう」


 ほうほうと頷くみやび。

 ならば自分か麻子か香澄が、もしくはブラドやパラッツォが形式的にでも養子にすれば婚姻が可能なわけだ。


「ラングリーフィン、もしかして僕も養父になり得るのでしょうか」

「あ、そうだった!」


 ポンと手を叩くみやび。

 よくよく考えてみれば、ヨハン君もグレーン州の領主で身分は伯爵グラーフ。むしろ兄貴分である彼の方が自然だし、レベッカも反対はしないだろう。


「クララさま、それで行きましょう」

「私、マルクスと一緒になれるのですね」


 クララは胸の前で手を組み、目をうるうるさせた。


「でもマルクスは一度、ロマニアに返してもらいますよ」

「ええ!」


 みやびにそう言われ、今度はこの世の終わりみたいな顔をするクララ。そんな彼女にみやびは人差し指を立てて、うふふとウィンクした。


「マルクスを花婿にする準備があるし、クララさまも花嫁になる準備があるでしょ」


 確かにその通りと、みんなが頷く。

 伯爵の地位にある者が結婚するとなれば、皇帝領の主立った貴族をご招待することになる。ロマニアからも、みやびはもちろん縁のある者が参列するだろう。

 結構な規模のパーティーとなるし、招待状やら花嫁衣装やらで準備に時間がかかるのは容易に想像できる。

 加えて今は選帝侯会議を控え、時期が非常によろしくない。これはクララ、我慢せねばなるまい。


「ところで差し支えなかったら、馴れ初めを聞いてもいいかしら」


 そんなみやびの問いに、顔の表情は変えないけれども、ちゃぶ台を囲むみんながいいぞいいぞと心中で拍手喝采。頭上のアルネもしっかり聞き耳を立てている。

 こやつらはと、クララは胡乱な目をする。けれど自慢したい、聞いて聞いてという気持ちもちょっぴりあるのだ。


「私もお料理に興味を抱きまして、マルクスに教えを乞うようになりました」


 ほうほうと、ちゃぶ台を挟んでみんなが身を乗り出す。食い付きいいなと呆れながらも、クララは頬に手を当てた。

 台所番でありながら料理のりの字も知らない彼女に、マルクスは手取り足取り教えてくれたのだそうな。実際に手と手が触れあい、その瞬間お互いにビビッときたらしい。見つめ合い、求め合ってしまったと。


 ティーナとローレル、そしてシルビア姫が身をくねらせる。ヨハン君とバルディもうわぁと頬を染めた。

 タマちゃんの進行方向が乱れているのは、手綱を握るアルネが身悶えしているからだろう。何やかんや言って、みんな恋バナが好きなのだ。


「滞在中、彼の面倒を見るのも私の務め。ですから調理場を出たら、ずっと私の傍にいなさいと命じておりました」


 確かにそれは筋が通っているし、皇帝陛下も配下のメイド達も不自然には思わないだろう。それが寝室も適用されるとなると、職権乱用と言えなくもないが。


「ティーナ、ローレル、アルネ、今夜はお赤飯にしようか」


 そんなみやびに、三人が賛成ですと返す。

 ヨハン君はレベッカと結ばれた時に食べているから、お目出度い事があると出てくるご飯と知っている。アルネとローレルも炊いてもらったのでウキウキ顔。

 お赤飯とはいったい何ぞやと、クララとシルビア姫、そしてバルディが首を捻っているけれど。





「ところでラングリーフィン。エビカニとイカタコは市場にございませんが、どうされるおつもりで?」


 港の岸壁に降り立ったみやびに、クララが首を傾げ尋ねてみる。食用と認識されていないので、漁師が捕らないのだから当然と言えば当然。

 シルビア姫とバルディも、どうするんだろうと顔を見合わせている。そんな周囲を置いてきぼりにして、みやびは着替えてくるわと言いゲートに入った。行き先は自身の亜空間倉庫。


 そして戻って来たみやびを目の当たりにし、みんなの目が点になる。それは耽美女子学園高等部の、指定スクール水着だったからだ。


 何とハレンチな。そう言ったのはクララ。

 着痩せするタイプなのですね。そう言ったのはシルビア姫。

 竜化したら破けてしまいます。そう言ったのはティーナとローレル。

 ローレル私にもああいうの着て欲しい? そう言ったのはアルネ。

 ヨハン君とバルディが、目のやり場に困っていた。

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