第201話 インペリアル城

 蓮沼みやびは板前を目指す、この物語の主人公にして高校二年生。

 ロマニア侯国の君主ファフニールとスオンの絆を結んだことから、正式なフルネームは『みやび・ラングリーフィン女性方伯・フォン・リンド・蓮沼』


 荷宰領にさいりょうを祖先に持つヤ○ザの家系に生まれ、曲がった事が大嫌いな任侠肌。剣術と体術を組み合わせた蓮沼流喧嘩殺法の継承者で、特に幼い子供が絡む問題には本気出す。


 そんなみやびであるが、彼女の肩書きは色々とある。


 -帝国伯-

 皇帝直属の伯爵にして、その地位は小国の王と同等かそれ以上。皇帝に万が一の事があれば馳せ参じる義務を負うが、自治権を有する一国の主。

 

 -ラングリーフィン-

 皇帝より授かりし、シルバニア方伯領を治める女性方伯の敬称。ゆえにシルバニア卿と呼ばれることもある。

 スオンとなるまでファフニールとブラドが代理統治をしていたが、今ではみやびの直轄領。

 旧ボルド国を併合したことから領地面積も拡大し、帝国内ではファフニールやランハルト公と並び最有力諸侯に数えられる。


 -宰相-

 君主であるフュルスティン・ファフニールの配偶者であり、彼女を補佐する立場。事実上はロマニア侯国のナンバー2。


 -総監-

 近衛隊を指揮する最高司令官の敬称。近衛隊の面々はみやびを普段はラングリーフィンと呼ぶが、軍事行動を起こす場合には総監と呼び指示を仰ぐ。


 -食の錬金術師-

 この名が市場を中心に広まった原因は、お付きであるお喋りティーナのせい。けれどみやびが、この世界にお料理文化を持ち込んだ功労者であることは間違いない。


 -選帝侯-

 次期皇帝を誰にするのか決める、投票権を持つ有力諸侯のこと。旧ボルドを併合したことから、みやびは暫定的に二つの票を持っている。


 -大精霊の巫女-

 天空の女主人、イン・アンナを守護精霊に持つ聖なる御使みつかい。

 地・水・火・風・闇・光の六属性を全て使いこなし、合わせ技で進化を続けるマルチプレイヤー。

 機能停止直前だったアルカーデ号を宇宙に飛ばし、聖獣ちゃんや土偶ちゃんを養える、底が知れない魔力自己回復力と貯蔵量。

 そんなデタラメ性能っぷりに与えられた、名誉か不名誉なのかよく分からない称号がかつては超魔人で今は魔王さま。


 ここまで来ると侯国に止まらず帝国でも重要人物のみやび。けれどファフニールも近衛隊も、ブラドもパラッツォも、大事な事を失念している。


 チェシャはかつて、大精霊の巫女をセブンス・アトリビュート第七属性と表現していた。無属性=六属性に非ず。みやびはもうひとつ、未知の属性を秘めている可能性があることに誰も気付いていなかった。





「そなたが新たなシルバニア卿か、会えて嬉しい。息子二人と娘が迷惑をかけておろうが、大目に見てやってくれ」


 ここは帝国城、謁見の間。

 正式には皇帝陛下の居城を意味する、インペリアル城と呼ばれている。みやび達が臣下の礼を取りひざまづくと、皇帝と皇妃は目を細めた。

 お料理という文化、その仕掛け人みやびが会いに来てくれた。美味しいご飯と酒の肴を生み出すみやびに、ついつい笑みがこぼれてしまうのだろう。

 三兄妹からの書簡と法王からの書簡、そしてランハルト公からも、その活躍ぶりは耳に届いている。

 特に同じアマツ族の末裔であることが嬉しいらしく、配下にお料理の伝道師を多数抱えるみやびに親近感を抱いているようだ。


 そんな中、脇に控えていた皇帝台所番のクララが、何故かみやびから視線を逸らした。彼女との関係は良好だったはずで、おやとみやびは首を捻る。


「ところでノワル国のシルビア姫と近衛兵がおるのは何故じゃ?」

「あはは、ロマニアへご招待する事になりまして」


 頭に手をやりあっけらかんと笑うみやび。ご招待は方便で、実際には有無も言わさずノワル王に押し付けられたのだが。

 みやびから友好国に小さな板前さんを派遣していると聞いた、ノワル王とシルビア姫。ぜひ我が国にもと言い出したのは想像に難くない。

 小さな板前さんを預かる代わりに、この私が人質になりましょう。これがロマニア侯国に行ってみたいシルビア姫がねじ込んできた、折衝案という名のゴリ押し。


「ロマニアに赴き見聞を広めたいと存じます、皇帝陛下」 

「おお、それは良い心がけじゃシルビア姫。ノワル王もさぞ喜んでおろう」


 そんな皇帝とシルビア姫のやり取りに、見聞ねぇとヨハン君が笑いを堪える。シルビア姫の頭上に握り寿司が何貫も見えたのは、けして幻ではないと。


「晩餐のお料理はお任せを! 食材集めに私たちが領内の市場や港に行っても、問題ないかしら」

「もちろん構わん、シルバニア卿。ところでエビカニとイカタコは本当に美味いのであろうか? 息子達が漁業権の見直しを書簡で力説しておったが」


 そんな皇帝陛下に、ムッフッフとみやびが魔王さまの顔になる。あの味を知らないなんて人生損してますよと。

 食材として認識していなかったノワル国のシルビア姫とバルディも、顔を見合わ眉をひそめる。あれを食うのかと。

 

 日本人の視点から見れば普通の食材。けれど宗教的な理由も合わさり、食べない国はあっちの世界でも多々存在する。特にタコを食べる国は限られており、アジア圏では韓国とタイくらいなのだ。 


 そんなこんなで、港に向かうタマちゃんのゴンドラの中。ちゃぶ台を挟み、みやびとクララが向き合っていた。

 小さな板前さんを交代させてくれない理由を聞かねばならず、お茶とクッキーを用意するティーナとローレルも緊張気味。

 ヨハン君とアルネにとっては可愛い教会の弟分、事と次第によってはクララと敵対することも辞さない覚悟で成り行きを見守る。


 皇帝領へ派遣した、小さな板前さんの名はマルクス。パウラのお父さんと同じ名前で、成人となる十五歳に近い。

 てんこ盛り料理人であるマシューとは大の仲良しさん、焼くも煮るも揚げるも中華鍋を使う、麻子の影響を多分に受けた子である。

 ロマニアに戻ったら準男爵に任命し、ラムルの町へ派遣してみやび亭五号を任せるつもりでいたみやび。戻してくれないと、腹ペコ臙脂色マントへの予定が狂うのだ。


「皇帝陛下も皇妃さまも、三ヶ月交代は了承していたわ。何か別の問題があるのなら、ちゃんと話してクララさま」

「それが……、その」


 やんわりと問うみやびに対し、クララは何とも歯切れが悪い。けれど彼女が次に発した言葉を聞き、みやび達はええ!? と声を上げるのであった。

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