第200話 人が多けりゃ楽しさも増す

 その頃みやび亭本店では、カルディナ姫が盛大なくしゃみをしていた。


「むう、誰かがわらわの噂をしているのであろうか」


 人気者だねと茶化すミハエル皇子とシリウス皇子に、それはどういう意味じゃと胡乱な目を向けるカルディナ姫。

 兄妹でじゃれ合っているのが分かるので、カウンターの内も外も特に突っ込んだりはしない。このほんのりとした雰囲気が良いのだ。


「ところで香澄殿、チョコレートを溶かしておるが何を始めるのじゃ?」

「クルミとアーモンド、カシューナッツを加えてもう一度固めるのよ」


 小腹が空いた時は木の実を頬張っている大聖堂の聖職者たち。カウンター席に座る法王とアーネストがそんなトークをしたので、香澄がナッツチョコを思い付き作り始めた次第である。


 ほうほうと、カルディナ姫がカウンターの中に入って来た。ミスチアとエミリーがまた始まりましたねと、微笑みつつお通しのふろふき大根を頬張る。


 お料理に関しては貪欲とも言えるほどの好奇心を示すカルディナ姫。彼女がカウンターの中に入って来るのは、もはや珍しい事ではなくなっていた。

 ダイニングルームへ提供する三度の食事とは別の、まかないと飲兵衛どもに捧げる小料理に興味津々なのだ。


「チョコレートと木の実って相性が良いの、食べてみて」


 水属性の力で急速に冷やし、チョコを固めた香澄。出来上がったナッツチョコをつまんで頬張るカルディナ姫の顔が、むふうと緩む。どうやら姫君、いたく気に入ったらしい。


「香澄、こっちも冷やして」

「麻子ってば、チョコレート溶かすのにも中華鍋なのね」

「ふっふっふ、使い慣れた道具が一番なのだよ」


 そんな麻子がチョコレートに混ぜたのは、東シルバニア領名物の干しぶどうであった。これも良いなとカルディナ姫が瞳を輝かせ、同じくご相伴に預かっていた法王とアーネストも両方美味しいと上機嫌。


 カウンター席に座る他の面々が尻尾を振るワンコに見えたのか、眉を八の字にした妙子がチョコを全員に配る。ブラドにだけ一粒多くしたのはナイショ。


 これを売り出したら帝国は大騒ぎになるのではあるまいか。そう思いつつ、ファフニールは飲み込んでぶどう酒を口に含む。うん、ぶどう酒との相性も良い。

 愛妻のみやびもさることながら、麻子と香澄もすごいと改めて感じ入るファフニール。まあ美味しいものが増えるのは良いことと、彼女はふっと笑みをこぼした。





 ――その翌朝。


「フュルスティン・ファフニールに、八年前は申し訳なかったとお伝え願いたい」


 出立するみやびの見送りに出たノワル王が、急にそんなことを口にした。八年前と来ればスオンが壊滅状態になった事を指すに違いない。隣に立つ王妃も口に手を当て、うつむいている。


「幸い津波は来なかったが、あの時は大地震に見舞われ国を立て直すのに精一杯でした。同胞として援軍を出せなかった我々を、許して欲しいとお伝え下さい」


 そんなノワル王の言葉に、ヨハン君がスンと鼻を鳴らした。同胞と言ってくれただけで、みやび達は満足であった。

 世の中まだまだ捨てたもんじゃない。そんな思いでヨハン君はお世話になりましたと、王と王妃へ武人としての礼を取った。


 胸の前で手を組む行為は、剣を交える意思がない事を示す武人の礼儀。あっちの世界で言うならば、剣を握る手を相手に委ねる握手と同じである。そんな清々しいヨハン君の姿に、みやびは目を細めた。


 それにしてもと、みやびはタマちゃんのゴンドラへ視線を向けてへにゃりと笑う。実は乗員が増えていたりするのだ。

 ロマニア侯国を知らねばなりませんと、鼻息を荒くするシルビア王女。そして彼女の護衛に指名された、王国近衛隊長のバルディ。


 なんだかなぁと、ティーナとローレルにアルネもへにゃりと笑う。みやび亭本店のカウンター席が、更に賑やかさを増しそうな予感。


「バルディさま、近衛隊の本懐とは何だと思われますか」

「君主とその後継者に命を捧げお守りする。それ以上でもそれ以下でもござらんよ、ティーナ殿」


 焼きシャケおにぎりを頬張るバルディに、やっぱりそうですよねとお茶を注いであげるティーナ。みやびがゴンドラの中央にちゃぶ台をポンと出し、それを囲んでの空中昼食タイム。


 調理場でもそうだったが、亜空間からポンポン物を出す魔王さま。このお方は闇属性の奥義もお持ちなのだなと、バルディは深く考えることを早々に諦めていた。


「見た目は同じですが、中の具材には色々と種類があるのですね」


 遠い島国へ国交交渉へ赴く位の胆力があるシルビア王女が、皿に並ぶおにぎり相手にうんうんうなっている。

 彼女はミスチアと同じく、二十代前半であろう。船上生活に良い思い出はないらしく、みんなと空でちゃぶ台を囲む昼食が新鮮で楽しいようだ。


 けれど見た目では分からないおにぎりの中身に、彼女はどれを取るべきか迷いに迷っていた。ロシアンルーレットじゃあるまいしと思われるかもしれないが、実は辛い具材も混じっていたりする。

 一発目に頬張ったのが美味しかったけれどナスの辛子漬けだったので、王女は慎重になっているのだ。


「今夜は皇帝領の国境辺りで野営になりますね」


 おかかのおにぎりを頬張るヨハン君が、地図からシルビア王女に視線を移した。テント生活が苦にならないか、念のために確認したのだ。

 ちなみに朝みんなと一緒におにぎりを握ったヨハン君は、皿に辛みがある苦手なおにぎりがどの位置にあるか把握済み。


「船酔いに比べたら、テント生活は極楽浄土ですわ」


 だから並ぶおにぎりのどれにどんな具材が入っているか教えてと、シルビア王女がヨハン君に艶っぽく微笑む。

 けれどそんなもん知りませんと、空気読み人知らずのヨハン君は焼きタラコのおにぎりに手を伸ばして頬張る。そして王女にチャレンジして下さいと、何とも挑発的な態度でニヤリと笑う。


 王女に張り合う男子がいたとは傑作と、バルディも次のおむすびに手を伸ばして頬張った。それはティーナとローレルが仕込んだ二人の大好物、辛い山海漬けが入った大当たり。


「これはまた、美味いけど辛いけど美味いけど辛い」


 目を白黒させながら頬張るバルディに、むふふと笑うティーナとローレル。そんな様子に基本的には美味しいのねと、シルビア王女は覚悟を決めた。

 えいやと無作為に選んだおにぎりをつかみ、頬張る王女。それはみやびが仕込んだ牛肉の大和煮で、別の意味で大当たり。


「んふぅ、おいひい」


 頬に手を当て嬉しそうな王女に、はしたないですぞと言いつつもバルディは優しげな目を向ける。

 長い航海では、食事が塩漬け肉や塩漬け豆になる。水も貴重なため、不味い食事を水やお茶なしで飲み込まなくてはならない。

 そんな食生活だった王女がロマニアへ行くと言い出した時、バルディはおいさめする事が出来なかったのだ。

 過酷な船上生活を送りつつ、シーパングとの国交を実現した王女には何としても幸せになってもらいたい。それが王国近衛隊長、バルディの最優先だったりする。 


 その傍らではローレルが、頭上のアルネに昆布と筋子のおにぎりを手渡していた。そのかいがいしさに、初々しいわとみやびは頬を緩めてお茶をすする。

 仮のスオンなのでまだ指輪も紋章も無いけれど、アルネとローレルの赤い糸はちゃんと繋がっている。

 自分のためにから、心が通じた大好きな人のために。その一心が生み出す力こそ、精霊から愛され蓄えられる魔力の源なのだ。

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