第134話 クスカー城に寄り道 

 国境の警備態勢は方面守備隊長に、宝石商による鑑定とオークションはオリヴィア知事に任せ、併合使節団は東シルバニアのクスカー城を目指していた。

 その斜め前方を鳥が群れをなして飛んでいるのが見える。みやびはその鳥に興味を覚え、ファフニールの首をポンポン叩いた。


「ねえファニー、あれってサイモンさんが使役してる針尾雨燕ハリオアマツバメじゃない?」

「確かにそうね、リンドの血筋なら使役できると聞いたことがあるわ」

「へえ、信仰心があれば誰でも使役できるワイバーンより難かしいんだ」


 ファフニールによれば、使役する生き物に際だった特技がある場合は難易度が上がるらしい。針尾雨燕の場合は、風属性のリンドをも凌ぐ飛行速度だと言う。


「今まで通信手段に使おうとは思わなかったの?」

「その役目は風属性のリンドが担ってきたから、考えたこともなかったわ」


 うわ燃費悪そうと、みやびは眉を八の字にした。

 飛びながら昆虫を捕食する燕の仲間なら、育てるのに経費はかからない。問題は昆虫が年がら年中捕食できる環境かという点だが、事実サイモンは飼育出来ている。


「あっちの世界で北半球なら真冬のはずなのに、この大陸って温暖よね」

「海の守護精霊リバイアサンと、大気の守護精霊エンリルによる加護だと信じられているわ。本当に冬景色となるのは北限の領邦国家くらいよ」


 それで市場に季節を無視した夏野菜が並ぶのかと、みやびはニンマリして針尾雨燕の群れに視線を向けた。餌となる昆虫には不自由しないねと言いながら。


「みや坊、針尾雨燕を配下にするつもりなのね?」

「えへへ、そういうこと」


 何それ面白そうと麻子に香澄が加わり、話しを聞いたヨハンもいいですねと便乗してきた。書類仕事なら本人が現地に赴く必要があるけれど、単なる事務連絡なら使い勝手が良さそうだと。


 みんな逃げないでねと念じながら群れに近づき、ワイバーンを使役した時と同じスペルを唱えた四人。それぞれの魔方陣が狙った針尾雨燕に無事吸い込まれていった。 するとその中に香澄とは別の、水属性の魔方陣が含まれていたではないか。いったい誰だろうか。


「アルネ?」

「ごめんなさいラングリーフィン、ダメ元でやってみたら出来ちゃいました」


 いいのいいのとみんな手を振りつつ、同じ事を考えていた。出生は不明だがヨハンやサイモンと同じく、アルネはリンドの血を引く小リンドで間違いないと。


「エビデンス城に帰ったら鳩小屋ならぬ燕小屋を作らないと」


 燕小屋作りを提案したみやびに、空いてる庭師の小屋を改造したらどうかしらと香澄が言う。それいいかもと、付いてくる針尾雨燕を眺めながら麻子も乗り気だ。


「ところでさ、みや坊も香澄もワイバーンの名前は決めたの?」


 麻子の問いにマサムネと言ったのはみやび。ユキムラと言ったのは香澄。そして麻子は不思議ねと言いつつ、タカトラと答えた。

 

 図らずも三人のネーミングが戦国武将で一致していた。歴女と言うわけではないのだが、NHK大河ドラマは大好きな調理科三人組である。


 そんなこんなでクスカー城に到着。

 みやびは恒例となった運動会テントと食材をポンポン出し、麻子に香澄とアルネもすぐ調理に取りかかった。お付き四人とパウラにナディアも張り切ってお手伝い。

 マイア州組とミズル州組は休憩を挟んですぐ出発するが、エビデンス城組はここで一泊となる。ルーシア知事との打ち合わせがあるからだ。


「みんなお腹いっぱいにしてね。マイアとミズルの皆さんは、こちらのお弁当を受け取るのも忘れないで!」

「後で取り忘れたは聞く耳持たぬぞよ!」

「ちょっと麻子、それ可哀想。全員の分、ちゃんとあるからね!」


 竜化して長時間飛んだ、リンドの腹ペコ具合を良く知るがゆえの心遣い。そんな調理科三人組の案内に、千草色と蒲公英たんぽぽ色のマントから歓声が上がった。


 出発するマイアとミズルの守備隊を見送った後、ここはクスカー城に於けるみやびの執務室。みやび組・麻子組・香澄組・ヨハン組、そしてルーシアが席につく。


「西と東の境界は元のルアン川に戻すのですね? ラングリーフィン」

「そうよルーシア、あなたにこれ以上の負担はかけられないもの」


 それを聞きホッと胸を撫で下ろすルーシア。小国三つ分の代理統治は、彼女にとってやはり負担が大きいようだ。これは副知事の選任も必要かしらと、みやびはファフニールに尋ねてみる。


「前例は無いけれど、一考の余地はありそうね。戻ったらアーネスト枢機卿に相談してみましょう」


 ここぞとばかりに、ぜひお願いしますと胸の前で手を組むルーシア。それを考えたらモルドバ領もねと、麻子が人差し指を立てた。

 あちらも領地は広く、鬼と化したアグネスがパラッツォを訪ね、エビデンス城に押しかけてきた光景を思い出したのだろう。


 そこへルイーダ率いる傭兵部隊が、お呼びでしょうかと入室した。もしかして契約打ち切りかと、それぞれの表情は硬い。


「そんなかしこまらないで、みんな座って頂戴」


 みやびに促され、テーブルの末席に座る傭兵の面々。お付きの四人とアルネ組がお茶の準備を始めた。


「勤務の内容が変わるから、契約の更新をしたいの。来てもらったのはそのためよ」

「契約の更新、ですか?」

「クスカー城の守備隊を除き、国境警備でシルバニア方面守備隊は西シルバニアへ移動となるの。治安維持に牙だけでは人手不足だから協力して欲しくて」


 なるほどと、ルイーダを含め傭兵達は頷いた。国境警備の後方支援が城下町の治安維持に変わるだけなら否やは無い。


「あの、ラングリーフィン。当初の付帯条件はどうなりますでしょう」

「お料理を教えるというやつね、もちろん継続よ」


 どうだろうかと、ルイーダは仲間を見渡した。異論はないらしく、いやむしろ受けるべきと皆が頷く。

 料理に目覚め腕も上がってきた。これで契約終了かと落胆していたところに、降って湧いたような話しだ。


「契約更新、謹んでお受けしますラングリーフィン」

「良かった、後で契約書を渡すからサインよろしくね」


 さっそく針尾雨燕を使い、ビュカレストの傭兵組合に書簡を届けているみやび。ついでに増援の依頼も出している。


 そこにお付き達がクッキーとハーブティーを並べていった。これはまだ教わってないなと、傭兵達が頬張りハーブティーをすする。その口溶けと甘さに、彼ら彼女らは目を細めていた。

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