第133話 創造の精霊と破壊の精霊

 場所は変わって、こちらはエビデンス城のみやび亭本店。

 調理科三人組と近衛隊が不在なので暖簾は出ておらず、臨時休業……のはずだったが中が騒がしい。


「お品書きにあるのは全部作れますが、火が足りませんの」


 妙子とクーリエ・クーリド姉妹が申し訳なさそうな顔をする。

 ダイニングルームは民間のメイド達に任せられるレベルとなっており、守備隊の火属性リンドに協力してもらい無事にこなすことが出来た。


 妙子自身も魔力を充填した宝石袋を懐に入れ奮闘した訳だが、カウンターの常連達がみやび亭で一杯やりたいと我が儘を言い出し今に至る。


 この飲兵衛どもと切って捨てたいのはやまやまだが、そこにブラドが含まれていると妙子は弱い。

 取りあえずお通し代わりに冷や奴と枝豆を置き、自分だけでは煮物・揚げ物・焼き物を同時にこなせないと宣言したわけだ。


 ならば分かったわしに任せろと、パラッツォがカウンターの中に入って来た。大丈夫なのかしらと、魚を捌きながらクーリエ・クーリド姉妹が顔を見合わせる。

 最年長であり火属性のパラッツォなら、二つや三つは加熱できそうだ。だが調理に於ける火加減を、コントロール出来るかは甚だ怪しい。


 そんな彼が、妙子から手渡されたエプロンを身にまとった。その姿にミハエルとシリウスが必死に笑いを堪え、ブラドが升酒を吹き出しそうになった。ミスチアとエミリーも箸を持つ手がプルプル震えている。


「なんじゃ、何が可笑しい」

「いやいやモルドバ卿、わらわは似合うと思うぞよ。野営の時は煮炊きをすることもあろう、剣を振るばかりが武人じゃあるまいて」


 カルディナ姫の援護射撃に気を良くしたパラッツォが、目を細めながら揚げ鍋を加熱し始めた。まあ油なら大丈夫だろう多分。きっと。おそらく。


「皆さんこちらにいらしたのですか、探しました」

「あらレイラさん、どうかしたの?」


 牙の人事担当とは言え、レイラも普通に夜勤番のシフトはある。彼女は南門でサイモンの使いから文を預かったと告げた。

 だがエプロン姿の団長殿を見て、彼女は戸惑ってしまった。ここは笑って良い所なのかダメなのか、場の空気が読めず入り口で固まる。


「そっちは気にしなくていい、中に入って文をよこせ」


 頬の筋肉を引き攣らせながらブラドに文を渡すと、レイラは逃げるように出て行った。これは廊下で一度大笑いし、呼吸を整えないと詰め所に戻れないのだろう。


「おかしな奴じゃな。それでブラド、文には何と?」

「併合の手続きはおおむねうまくいってるようだ。だが……」

「だが、何じゃ」

「帝国内にモスマンと繋がっている一派がいる、異教のスペルで魔法を使うようだ」


 屋台の時と旧枢機卿が使ったあれかと、パラッツォが顔をしかめた。耳障りなスペルで不快極まりないと吐き捨てる。


「しかし宝石に蓄えた魔力を、スペルによって引き出す点は同じですよね。異教のスペルは何が違うのでしょうか」


 エミリーが疑問を口にし、皆が考え込む。


「信じる精霊が違うからじゃろう」


 それは法王だった。

 廊下で笑うレイラから話しを聞き、アーネストを引き連れやって来たようだ。お前たち抜け駆けはずるいぞと、お小言を言いながらカウンター席に座る。


「法王さまよ、信じる精霊が違うとはどういうことなのじゃ?」


 カルディナ姫の問いに、出された蒸しタオルで手を拭きながら法王はこう答えた。同じ精霊でもその作用には複数あると。


「精霊には三つの顔がある。世界を創造する顔、生み出した世界の発展を見守る顔、そしてもうひとつは……世界を破壊し創造し直す顔」

「なぜ破壊するのじゃ! 信じられん」

「姫よ、発展とともに人類は信仰心を忘れがちじゃ。世界から信仰が失われた時、精霊による破壊の終末が訪れる」


 我々が信奉するのは『創造の精霊と生み出した世界の発展を見守る精霊』、モスマンが信じるのは『世界を破壊し創造し直す精霊』だと言い、彼は胸の前で二重十字を切った。精霊とは創造・安定・破壊の三位一体さんみいったいなのだと。


「しかし法王さま。それだとモスマンは、自ら滅びに導く側の精霊を信奉することになりませんか?」

「そこじゃよアーネスト。自分たちは選ばれ破壊から安全な所に導かれ、新しい世界に君臨できると信じておる。何の根拠も無い教義じゃがな」


 そんな二人の前に、妙子が野菜天ぷらと升酒を並べた。どうやらパラッツォ、揚げ鍋の温度コントロールは出来ているらしい。


「リッタースオンとは精霊をその身に宿し、精霊のことわりを世に示す存在。リンドを人と認めない連中はな、実はそれを恐れているのじゃ。精霊の化身であるリッタースオンこそが、民の信仰心を盤石なものにするゆえ」

「だからリンド族を嫌う派閥が帝国内にあるのですか?」


 アーネストが顔をしかめると、それ以外に何があろうかと法王は箸を手にした。苦い顔で天ぷらを頬張るのは、けしてパラッツォの加熱に問題があったわけではない。


 異教に蝕まれた勢力が、メリサンド帝国を支配するのにスオンは邪魔でしかない。リンド族に対する差別はそこから生まれ、八年前の戦争では援軍を出さず水面下でモスマンと通じていたのだ。

 旧枢機卿による謀反でようやく気付いた皇帝と法王による、裏切り者をあぶり出すための大芝居。それは功を奏し、どうやら役者は揃ったようだ。


「ラングリーフィン・みやびは、経過観察か破壊による再構築かを見極めるために遣わされたのじゃとわしは思う。麻子殿と香澄殿はそれを補佐する脇侍わきじであろう。

 我々はいま歴史の岐路に立っておる。この先にある未来は殺戮による破壊か、はたまた安寧を約束された千年帝国か。嬉しくはないが、わしらはその立会人となるじゃろう。生死は別にしてな」


 升酒キュッとやる法王に合わせるが如く、皆もそれぞれの酒を口にした。妙子もパラッツォと姉妹に升を持たせ一升瓶から注ぎ、そして自らも一気に呷った。


「この世界は破壊による再構築など望んでおりません。違いますか?」


 妙子の啖呵たんかにその通りだと皆は頷く。精霊を敬うとも悪しく敬えばそれは外道の所業と、お互いに升や杯をぶつけ合った。

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