第130話 ローレルのデジャブ

 お店の試着室で着替えたジーラを、みやびに麻子と香澄が品定めしていた。服選びは女子にとって重要なイベント、本人そっちのけで三人が盛り上がる。


 リンド族は常にキトンだから衣服に無頓着だが、小旅行でみやびの洋服を借りたファフニールが興味を持ち始めたようだ。


「みや坊、仕事着だからドレスという訳にはいかないのよね」

「うふふ、そうよファニー。このお店にドレスは置いてないしね」


 ファフニールもハンガーラックにズラッと並ぶ衣服を手に取り、各州の知事が好んで着用するチュニックとレギンスを思い浮かべた。調理科三人組もその方向で選んでおり、色はもちろん丈の長さや素材であーだこーだとはしゃいでいる。


「さすがはシルクと綿の一大生産地、ビュカレストに比べると品揃えが豊富よね」


 みやびのそんな言葉に、そう言えば繊維産業に関して特に政策はしてこなかったとファフニールは振り返る。キトンしか身に付けない、リンド特有の弊害だなと苦笑しながら。


「はいこれ、当分の着替えよ。押収されたコルベール家の荷物がどうなったかは追跡してみるけど、期待はしないでね」

「労役を課す者に施しをするのか? 変わった領主さまだな」

「私が言ってる労役はね、職業を指定する期間雇用なの。俸給もちゃんと出すから、私の期待を裏切らないでね」


 そう言って衣服の入った麻袋をジーラの胸に押し付けるみやび。思わず受け取ってしまった彼女は眉を八の字にし、期待には応えようと麻袋を抱えた。


 少なくともジーラは無罪に等しく、それは誰もが分かっていること。騎士団長も戦士団長も、ジーラを罪人扱いせず節度を持った接し方をしている。

 けれども理由はどうあれ父親が城内で剣を抜いたのは事実で、その罪は一族郎党にまで及んでしまう。理不尽に思えるかも知れないが、それが帝国のルール。

 ちなみに郎党とは使用人のことで、暇を出すタイミングが遅ければパンチェス一家も危なかったのだ。


 労役をこなしその実績を持って、みやびはコルベール家を復興させてやりたいと考えていた。それなら誰も文句は言わないだろうし、改革に協力してくれる爵位持ちが一人でも欲しかったのだ。


「あ、あの、高貴なお方、この花束を買ってもらえませんか」


 突然の声に皆が驚く。

 籠に花束を入れた小さい女の子が、みやびとファフニールのすぐ側にいたからだ。見た目でノーマークだったのか、警戒する近衛隊の隙間を抜けたらしい。

 思わず剣の柄に手をかける皆を制し、みやびはマントが汚れるのも気にせずしゃがんで女の子に向き合った。


「あら、お花屋さんなの?」


 女の子は首をフルフルと横に振る。


「おうちが農家でお花を売りに来たとか?」


 やっぱり女の子は首をフルフルと横に振り、売れないと親方に怒られちゃうとこぼした。思い当たったのか、ジーラが顔をしかめた。


「重税に喘ぐ農民が、口減らしで奴隷商人に売り渡した子供だよ。商人から買い取り労働を課すのが親方と呼ばれるゴロツキどものかしらさ」


 そう言ってジーラは女の子が着ている粗末な上着をめくり上げた。そこには果たして、痛々しい折檻せっかんの痕が無数にあった。


「こんな子供を見たくないから、父上と兄上は王命を断固として拒否したんだ」


 唇を噛み締めるジーラの瞳が濡れていた。なぜこんな事がまかり通る、なぜこんな事が許されるのかと。


「もちろん許さないわよ」


 そう言い放ったのはみやびだった。立ち上がりカラドボルグの柄に手をかける彼女に、ローレルは既視感を抱いた。こんなみやびをどこかで見たような気がすると。


「私はみやび、あなたのお名前は?」

「ジェリカ……です」

「いいわよジェリカ、お花を買いましょう。その代わり親方が今どこにいるか、教えてくれるかしら」

「市場の入り口にある倉庫で、仲間と賭け事してるの」

「お仲間さんは何人いるのかな」

「うんとね、十三人」


 ああそうだと、ローレルはようやく理解した。アルネの時がそうであったように、このお方は小さい子供が絡めば鬼神……もとい超魔人と化す。ならばもう答えは出ていると、ローレルは背負うロングソードの柄に手をかけた。


「ファニー、いいかしら」

「どうせ行くのでしょ? この際だから勅令違反は徹底的にやりましょう」


 そう言いつつ、ファフニールも愛剣レイピアの柄を握っていた。総監の意を汲み取った近衛隊も、麻子と香澄も、それぞれの武器に手をやる。


「総員抜刀! 勅令の何たるかを弁えぬ不届き者に天誅てんちゅうを!」


 隊列を組み走り出すマント達。それを追いかける騎士団長と戦士団長に、ジェリカを抱きかかえた文官とジーラが続く。

 

 抜き身の剣を手に走り来る集団を見て、市場の民衆は慌てふためき雑踏がキレイに左右へ別れていく。


「まるでモーセの海割りね!」

「香澄なにそれ!」

「旧約聖書よ麻子、出エジプト記!」

「おおぅ、喩えがハイレベル!」


 この二人はと、みやびが吹き出しそうになる。それでも息が乱れないのは、剣道部と弓道部で合同ランニングを続けてきたたまものか。


 見張りらしき二人の男が、慌てて倉庫内に入り扉を閉めた。蹴破ろうとしたレアムールとエアリスだが、内側からかんぬきをかけたらしく鉄製の扉はびくともしない。

 半眼となる近衛隊長と副隊長。これはやるなと悟ったイレーネとパトリシアが、ジーラとジェリカを下がらせた。


 地属性と風属性の合わせ技、岩盤をも砕く魔力弾が鉄の扉を直撃! かんぬきは折れ蝶番ちょうつがいは外れ、ひしゃげて原型を留めない扉が向こう側へすっ飛んでいく。


 その間みやびはゴロツキどもに逃げられないよう、土偶ちゃんを起動して裏口や窓に配置していた。土偶ちゃん足が遅いから自ら倉庫をぐるっと周り、一体ずつ起動して行く。そして倉庫前に戻り、未だ粉塵が舞う倉庫の中へこう宣告したのだ。


「皇帝陛下の直臣じきしんとして、この地を治める領主として、あなた方に勅令違反の罪を問います。大人しくお縄に付くならよし、刃向かうならば容赦はしません」


 近衛隊が剣を構え直し、麻子のムラサメブレードは炎をまとう。香澄も氷のオーラを放つヨイチの弓に矢をつがえ、騎士団長も戦士団長も扉だった四角い穴を凝視した。

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