第131話 天馬ペガサス

 倉庫の奥から、うごめく人影と光る刃が見えた。みやびとファフニールを守るよう近衛隊が前へ、騎士団長と戦士団長が更に前へ出る。後ろの方で文官も、ジーラとジェリカを守るように護身用の短剣を抜いた。


「いかん! 魔力弾が来る!!」

「なんでゴロツキどもが! みんな伏せろ!」


 粉塵の中から四属性の魔方陣がチラチラ見え、騎士団長と戦士団長が叫びながらその場に伏せる。近衛隊も魔法の盾を展開しながら膝をつき、身を低く保った。

 四属性にはそれぞれ苦手な相性があり、相性の悪い属性に当たれば魔法盾では防げずダメージを受けてしまう。


 切り裂く風が、叩き付ける氷が、衝撃波の地が、魔力弾となって近衛隊の頭上を掠めていった。粉塵で視界が悪い状況は、敵にとっても味方にとっても厄介である。


「香澄、焼き尽くす火が来なかったね」

「粉塵爆発を恐れて止めた、頭のいい奴がいるのかもね」


 そう話しつつ通り過ぎた魔力弾はどうなったと、振り返った麻子と香澄。そこには何と、みやび特有の魔法盾が展開していた。


 魔力弾を全て吸収したそれは屋台の時より進化しており、形状は四角でサイズもでかい。ファフニールだけでなく文官とジーラ、ジェリカまでカバーしていた。


「盾の形やサイズを自在に変えるなんて……」

「念じたら出来ちゃったのよ」


 呆れ顔のファフニールに、みやびがチョロッと舌を出す。

 彼女は倉庫の入り口を塞ぐように、四角い魔法盾を移動させた。盾はそこへ飛来した第二波の魔力弾も飲み込んでいく。

 打って出ようとしたのか、何人かが盾に激突した音が伝わってきた。そして第三波の魔力弾をも吸収する。


「ラングリーフィン、このまま敵が持つ宝石の魔力が尽きるまで待つのですか?」


 レアムールの問いに、いいえとみやびは首を横に振った。

 彼女は魔力弾を吸収する度に輝きを増すカラドボルグを天に向け、心の深い所から感じるさざ波に従う。その瞳が一瞬、虹色のアースアイに変化した。


「イン・アンナの名によって命ずる、出でよ光の獣!」


 みやびの召喚に応じ虚空で羽ばたいたのは、美しい翼を持つ純白の天馬ペガサス。ついに六聖獣をコンプリートしましたかと、近衛隊の面々が破顔する。


 帝国伯として以前にこの方は聖人ではと、ジーラがひざまずき文官も続く。絵踏みに応じたことを後悔しながら、騎士団長も戦士団長も片膝をつき頭を垂れた。


 中の粉塵は収ってきたようで、敵さんは焼き尽くす火も使い出した。盾が吸収している事にもそろそろ気付くはず。


「みんな、両手を目に当ててね。直視はダメよ。それじゃペガサスちゃん、やっちゃって」


 応じたペガサスちゃんは魔力弾を吸収し続ける魔法盾に口を突っ込み、青白く光る玉を中に放った。みやびに敵対していなければ、魔法盾はすり抜けられる仕様らしい。


「みや坊、何が始まるの?」

「私も初めてだから想像なんだけど、たぶん照明弾的な……」


 そんなみやびの返事に、尋ねた麻子がマジかいなとつぶやいた。と同時に、入り口はおろか窓という窓から閃光が走った。


 一瞬ではなく長く続く白い強烈な光。太陽に手のひらをかざしたように、体を流れる血潮がまぶたに赤く映る。


 目の前に突然ふわふわ浮く球体が現われれば、誰でも直視してしまうだろう。それが人間の本能というもの。

 その裸眼にこれほど強烈な光をまともに受けたら、一時的に視力を失うのは必至と言うかえげつない。


 ある意味あくどいやり方だが、相手は騎士でも戦士でもありゃしない。ゴロツキ風情に正々堂々などという選択肢を、みやびはミジンコほども持ち合わせていないのだ。


「総員突入! 引っ捕らえろ!」


 閃光が収まるのと同時にみやびは号令を放った。

 両手を目に当てのたうち回るゴロツキどもに剣を突き付ける近衛隊の面々。そして地属性のメンバーが、蔦を出し次々と縛り上げていった。


「ラングリーフィン、十二人しかいません」


 レアムールの報告に、親方があそこにとジェリカが人差し指を向けた。見れば屋根の上で、土偶ちゃん達に取り囲まれている男がひとり。

 球体が入って来た時点でその場を離れ、屋根伝いに逃げるつもりだったようだ。けれど残念、地属性の土偶ちゃんからグルグル巻きにされていた。


 そして夜、ここはエリン城に於けるみやびの執務室。捕り物に関わった関係者に加え、オリヴィア知事とペトラ司祭が集まっていた。


「ゴロツキのアジトで見つかった子供が九人ですか」

「はい、ジェリカも含めて十名になります」


 レアムールから受け取った書類に目を通すペトラ。そこには聞き取りで判明した名前と年齢、出身地が書かれている。


「ラングリーフィン、この子達をどうするか決めていらっしゃるのでしょう?」


 書類から顔を上げたペトラがクスリと笑った。自分が呼ばれた理由はそれしか思い付かず、先が読めているのだ。まあ他のみんなも分かっているのだが。


「いま制作中のみやび亭四号は、こっちに持ってこようと思うの」


 話しの過程をすっ飛ばしてそこに着地すんのかいと、麻子と香澄が思わず吹き出した。釣られてみんなも笑い出し、要領が掴めない騎士団長と戦士団長にジーラがポカンとしている。


 運び込んだワゴンで夕食の準備をしている、調理科三人組のお付き四人もやっぱりねと笑顔で頷き合っていた。みやびならそうすると。


「承りましたわ、十五歳までの生活と教育は私にお任せ下さい」


 ペトラが請け負ってくれたことで、子供達の件は片付いた。さて次はと、みやびがジーラに視線を向ける。


「東シルバニアの市場組合から、人を派遣してもらう事になったわ。一日も早くロマニア方式に移行するよう、パンチェスさんと改革を進めて頂戴」

「身に余るお役目だけど、必ず成し遂げてみせる」


 ボサボサだった栗色の髪は編み込みのハーフアップに纏められ、空色のチュニックと黒いレギンスがよく似合っている。


 そんな彼女にみやびは満足そうに頷くと、今度は騎士団長と戦士団長に顔を向けた。きっちり決めておかなければいけない、重要な案件があるのだ。

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