第129話 事務所ゲット 

 ティーナに連れてこられたパンチェスが、何が始まるのだろうと緊張していた。来る途中で侯爵に方伯だと聞かされ、マントの色が示す意味は充分理解している。

 けれどみやびが語りかける内容は普通の世間話で、自分はなぜ呼ばれたのだろうと困惑するパンチェス。


「コルベール家に仕えていたのだから、ジーラのことはよく分かっているのよね?」

「そりゃもう生まれた時からの付き合いでして、女房と交代で夜泣きのお世話とか、襁褓おしめを替えたりとか……あいだだだ!」

「パンチェス、余計な事は言わなくていい」


 ジーラがパンチェスの頬を思いきりつねっていた。そんなんだから嫁のもらい手がないのです! 私の眼鏡に敵う男がいないだけだ! などと内輪もめを始める二人。

 ほうほうと面白そうに眺めていたみやびだけれど、レアムールがフュルスティンの御前ですと睨みつけて黙らせた。


「お店は家族で切り盛りしているように見えたけど、奥さんと子供さんたち?」

「はいラングリーフィン。季節の野菜や果実を農民から買い付け、市場で売っております」

「住まいは城下町なのかしら」

「そうなのですが、お恥ずかしながら宝石商の寄宿舎を間借りしておりまして」


 ふむと頷くみやび。

 各国の主要都市には、宝石商ネットワークが民家を買い上げて運営する寄宿舎がある。国をまたいで商いをする宝石商が、宿屋に空き部屋がない場合の滞在施設だ。

 もちろんビュカレストにもあり、サイモンの妻エルザが管理している。食事は付かず自炊となるけれど、宿泊費はカプセルホテル並みで長期契約なら更にお得。


「よく潜り込めたな、パンチェス。一般人は利用できないはずだが」

「それがジーラさま、廃国騒ぎで今ボルドを訪れる宝石商はいないからと格安で借りられまして。何より人が住まなくなった家は傷みますしね」


 口では簡単に言うが、こちらの宝石商を上手に口説いたのだろう。商才と交渉能力はありそうだなと、みやびの目が細められた。


「戦士団長、代官がいたなら市場に詰め所みたいな建物があるのよね?」


 みやびが尋ねると、彼はそれですと人差し指を向けた。なんと目の前にあるレンガ造りの建物が、かつての詰め所だと言う。それは二階建てで、オアナで開店した食事処の美酒香みさかと似たような佇まい。


 粛正された貴族や役人が所有していた家屋敷は、門の鍵も扉の鍵も城で一時預かりになっている。どのように活用するかはみやびとオリヴィアの腕次第。

 鍵を取って来ましょうと、走り出しそうだった文官にみやびが待ったをかけた。ゲートを使う手もあるが、市場の人々に真のリンドを見てもらおうと思ったのだ。


「ティーナ、お願いしていいかしら」

「お任せ下さい!」


 ファスナーを下ろし紐パンを解き、第一種警戒態勢の準装備を開いたティーナが竜化して飛び立った。鍵の場所を知る文官が、手の中で悲鳴を上げたような上げなかったような。

 竜化したリンドを初めて目の当たりにした市場の民衆が、ポカンと口を開け空を見上げている。それはジーラもパンチェスも同じ。 


「ティーナったら、紐パン忘れてますぅ」


 ローレルが拾い上げ、預かっててあげてとみやびが苦笑する。これは何か対策が必要ねと、真顔で相談を始める麻子組と香澄組。


 程なく戻ってきた、顔が真っ青の文官から鍵を受け取ったみやび。その後ろでシリアルバーをもりもり頬張るティーナの紐パンを、ローレルが結んであげていた。


 では中を見てみようとみやびが腰を上げ、ジーラもパンチェスも付いて来てと手招きした。今度は何を始めるのだろうと、近衛隊がワクワクしながら建物を取り囲み警護に当たる。


「家具や調度品はそのままなのね、これは好都合だわ」

「さてはみや坊、ここをオフィス兼住居にするつもりね」


 麻子がみやびの狙いに気付き、香澄がそうかと頷きポンと手を打つ。市場組合事務所のゲットであり、みやびがムッフッフと笑う。


「そういう訳で、パンチェスさんを市場組合の副組合長に任命しまーす」

「……はい?」

「大丈夫よビュカレストの副組合長も、と畜場責任者と兼務で立派にこなしてるわ」

「あの、仰る意味がよく分かりません」

「民間事業だけど組合が軌道に乗るまで私が俸給を出しましょう、銀貨十枚が相場かしら」

「それはまた……、しかし私のような者がそんな大役を仰せつかるなんて」

「粛正した貴族の財産をオークションにかけるのよ。各国から商人が集まるでしょ、宿屋がいっぱいでパンチェスさんが寄宿舎を追い出されないか心配で心配で」

「やります!」


 その場合は城の客室を開放するのだけれどと、口には出さず必死に笑いを堪えるファフニール。パンチェスはみやびにうまく乗せられたようだ。

 この手練手管てれんてくだもみやび流。けして悪意はなく、人を気持ちよく働かせるために使う方便であり才能かもしれない。


「どうぞお使いくださいぃ」


 ローレルから紙札を受け取ったみやびは、扉にあてがい念を込める。すると八花弁の紋章が虹色の輝きを放ちながら浮かび上がった。


 領主の紋章が扉にあることで、建物がみやびの管理下にあることは一目瞭然。中の住人に剣を向けたならば、領主であるみやびに剣を向けるのと同じ事になる。

 新しい制度を快く思わない者が出て来るかも知れず、不逞の輩から守るために必要な配慮なのだ。 


 マスターキーをジーラへ、スペアキーをパンチェスへ、それぞれ手渡すみやび。 


「それじゃパンチェスさんは家族と引っ越して、中を整えておいてね」

「は、はい。またコルベール家にお仕えできるなら喜んで!」


 店に駆け出して行くパンチェスを見送り、みやびは視察を再開しましょうと告げた。次は衣料品を扱うエリアへお願いと、騎士団長にリクエストして。


 今日まで地下牢に捕らわれの身だった、ジーラの薄汚れた服を何とかしたい。女性組合長に合いそうな服はあるかしらと、みやびは彼女の体に視線を這わす。当の本人はなに見てるのかしらと首を傾げているが。

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