第128話 市場を何とかしましょう

 オリヴィア知事が文官達の尻を叩く勢いで、家臣に与える知行地ちぎょうちの青写真を作らせていた。アルネがお付き二人と一緒に、オリヴィアの補佐をしている。

 これは騎士や戦士に与える領地の区画分けで、町や村から上がってくる税収が身分に合うよう計算しながら進められていた。

 もちろんそれはロマニア方式で、重税を課すようなことはしない。徴税資料を見たオリヴィアが呆れて目を吊り上げ、減免するよう文官に雷を落としたゆえ。


 そしてこちらは城下町にある市場。

 みやび組・麻子組・香澄組、そしてお守りする近衛隊が総員でぞろぞろ。騎士団長と戦士団長が、満腹なお腹を撫でながら案内していた。見慣れないマントの集団に何事かと市場は騒然としているけれど。 


「みや坊、ジーラも連れてきたのは何か理由が?」

「笑わないでねファニー。連れてこなきゃいけないような気がしたの」


 具体的にどう説明して良いのか、みやびにも分からなかった。

 けれど全属性のみやびには見えていた。ジーラが持つ火属性のオーラに、悪意も敵意も無いことを。


「何だお前は! こちらの方々をどなたと心得る!!」

「お願いでございます、ジーラさまにひと目だけでも」


 先頭を歩く騎士団長が声を荒げて剣を抜き、戦士団長も同時に剣を抜いた。近衛隊に緊張が走り、全員が剣の柄に手をかける。


「何事かしら」

「申し訳ございません、ラングリーフィン。この店の店主がジーラに会わせろと言っておりまして」

「構わないわ、通してあげて」


 店主は深紅のマントが持つ意味も、若草色のマントが持つ意味も分かりはしない。彼の瞳はただただ、ジーラだけに向けられていた。見慣れぬマントの集団にジーラを見つけ、いても立ってもいられなかったようだ。


「生きておいでだったのですね、ジーラさま」

「久しぶりだなパンチェス。死罪は免れたけれど、労役を仰せつかった」

「おお、なんとおいたわしや。どうかこれを」


 目に涙をためながら、パンチェスは籠を差し出した。そこには赤いリンゴが五つ。良いのか? と笑うジーラに、彼はこんなことしか出来ませんがと袖で涙を拭う。


 みやびは剣を収めるよう促し、リンゴを預かってとティーナに目配せをする。そして積もる話もあるでしょうが後日と言い聞かせ、店主を店に戻した。


「私が与えられるのは、民と自由に話しができる労役なのか? ラングリーフィン」

「あなたが身の上話をしてくれたら、考えてあげる」


 ジーラの瞳が大きく揺らいだのを、みやびは見逃さなかった。けれどもまずは市場視察ねと、近衛隊を引き連れあちこち見て回る。

 

 ナス二本銅貨一枚に、目が点になる調理科三人組。ビュカレストの市場なら籠にひと山、四本から六本が相場。ナスに限らず相場は倍以上なのだ。

 なんでこんなに高いのかと同行した文官に尋ねてみるが、帰って来た言葉にはさすがに閉口してしまった。


 市場を管理する代官が売り上げの半分を徴税し、うち二割を懐へ入れるのだと言う。もちろんその代官は粛正され既に墓の下だが。


「早急に市場組合を立ち上げないと」


 憤慨する麻子が腕を組んで唇を尖らせ、そうよと香澄も頷く。その様子にロマニアの市場はそんなに安いのかと、騎士団長に戦士団長が顔を見合わせる。


 売り上げの五パーセントを組合が徴収し、うち三パーセントを国庫へ、二パーセントを組合の運営費用に回す。それがロマニアのやり方なんだと説明する麻子と香澄。


 一緒に聞いていた文官が、よく成り立ちますねと目を丸くした。横領や着服が存在しない運営方式が信じられないらしい。

 拾った宝石に執着を持たず、金銭欲なんぞより食欲が勝るリンド族。そんな一族が統治しているからこそ不正が起きにくく、財政が透明なものとなる。

 けれどそれを文官に説明し理解してもらうには、少々骨が折れそうだ。


 市場の中央にある噴水に腰掛け、ちょっと一休み。周囲を近衛隊がグルッと取り囲む物々しい絵面ではあるが。


 最近では包丁がなくても風属性の力で、くし切りにしたリンゴの皮をウサギちゃんにできてしまうみやび。

 いったいどうやってと、エアリスとイレーネがもはや神業……いや精霊業といった面持ちでみやびの手元を凝視していた。


 風属性の近衛隊がそう思うくらいなのだ。騎士団長も戦士団長も、ジーラも文官も目の前で姿を変えていくリンゴにびっくり。

 聖獣を従えている時点で既に普通ではないのだけれど、改めてみやびが持つ力に畏怖の念を抱いてしまう彼ら。まあ当の本人はあっけらかんとしているのだが。


「それで、死罪に至った過程を聞かせてもらえるかしら」


 手渡されたリンゴをシャリッとかじり、ジーラは遠い目をした。

 同じくリンゴを頬張る騎士団長がうつむいてしまい、戦士団長が我ながら情けないと空を見上げた。どうやら彼ら、事情を知っているようだ。


「コルベール家は代々ムスタ地方を治める子爵家だった」

「だった?」

「お家お取り潰しになったのさ、王の命に逆らったがゆえに」


 みやびとファフニールが顔を見合わせる。爵位を剥奪され領地を没収されるなど、余程のことだ。


「村から若い男女を選び差し出せと命じられ、父上と兄上は断固拒否の姿勢を貫いたんだ。その結果さ」


 吐き捨てるように言うジーラに、騎士団長が人身売買ですと付け加えた。戦士団長が歯噛みし、文官も口にすべき言葉が見つからず手のひらでリンゴを転がしている。


「ファニー、帝国法で奴隷と人身売買は勅令で禁止のはずよね」

「まるで守られていなかったようね。でもその王命拒否から死罪に繋がった理由、ちゃんと聞かせて頂戴ジーラ」


 ファフニールに促され、ジーラはポツリポツリと話し出した。周囲で警戒に当たりながらも耳を傾ける近衛隊の面々、その眉間に皺が寄っていく。

 

「幼い頃に母を亡くし、私の家族は父上と兄上だけだった。長年の付き合いだった使用人のパンチェスに暇をだす時は辛かったな。

 ロマニア侯国への亡命を決意し荷物をまとめたけれど、父上と兄上は王へ最後の諫言かんげんに行くと城へ向かったんだ。私は止めたんだが」


 そこへ文官が重い口を開いて話すには、爵位を無くした者が我をいさめるなど笑止千万と、王は牢へ叩き込むよう衛兵に命じたらしい。

 衛兵に囲まれたジーラの父はそこで、思わず剣を抜いてしまったのだと。城内で長剣を抜くのはどの国も御法度、それが王の暗殺未遂という罪にすり替わり死罪になったと言う。


「重罪を犯せば一族郎党すべて処刑。父と兄は帰ってこず、私を迎えに来たのは城の衛兵だった。

 なぐさみ者にされてからギロチン台へ上るはずだったが、放置されていたのは廃国の影響だったようだな」


 もはや生きる希望などありはしないと、ジーラは再び遠い目をする。

 クスカー城で聞いた、カルディナ姫の嘆きをみやびは思い出していた。勅令無視の仁義もへったくれもない外道に、怒りが込み上げてくる。

 それをぐっと堪え頭を再起動し、顎に人差し指を当てて空を見上げる。外道が排除された以上、今やるべき事は何か。頭を右に、そして左に振り考えるみやび。


 これは来るぞと、身内のみんなが期待を込めて待ち構える。新しい家臣達も、みやびのこの癖には慣れて貰わねばなるまい。


「決めた! ジーラの労役期間は一年間、市場組合の組合長になってもらいましょう。労役を終えたらコルベール家を再興しなさい、領地のムスタは私の直轄領にして取っといてあげる」


 そう来たかとファフニールが微笑み、麻子や香澄はもちろんお付き四人も名案ですねと頷く。周囲を警戒する近衛隊も、これがあなた達の領主よと誇らしげだった。

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