第116話 首謀者達からの使者

 使者は自らをクレメンスと名乗った。その姿と胸の二重十字架から、聖堂騎士であることは間違いない。

 彼はみやびの頭や肩で寛ぐ聖獣を目の当たりにし、噂はやはり本当だったのかとつぶやくやひざまずいた。


 テントの前に設置されたテーブルにつくファフニールとみやび、そして方伯知事のルーシア。ファフニールの後ろにはレアムールとエアリス、みやびの後ろにはティーナとローレルが立つ。


 テントでは夕食の仕込みを終えた小さい板前さんも参戦し、ルイーダ率いる傭兵達もご相伴にあずかっていた。

 傭兵としては仕事が長く続けばいいなと、会談の結果を気にしている。特にルイーダは料理に目覚め、しばらくはビュカレストに戻りたくないと思っていた。


「正直に言いますと、内乱に導いたのは我々聖堂騎士なのです。大司教の口から廃国と聞いた時、我々は地に落ちた聖職者達を縛り上げました。騎士団と戦士団、そして各地の農村に蜂起ほうきを促しけしかけた罪は、償うつもりでおります」


 だがその行為に及んだのは、ロマニア候国の宰相が聖獣を従えていると聞き及んだから。そう言ってクレメンスは、みやびを眩しそうに見た。


「ラングリーフィンは、精霊の加護に満ち溢れておられますね」

「それはありがとう。でも単刀直入に聞くわ、リンドによる統治を認めるか否か、どうなのかしら」


 みやびがにっこり微笑むと、クレメンスは書簡をレアムールに差し出した。受け取った彼女は魔力探知による安全確認を行い、ファフニールへと渡す。


 書簡を広げたファフニールは、これはと大きく目を見開いた。それは書簡という名の血判状で、リンド族による統治を受け入れるという内容。

 騎士団長・戦士団長・農民代表のサインと血判が押されており、障害となる人物を排除するまで時間を頂きたいと書かれている。 


「今ボルドでリンド族を人と認めようとしないのは、権力にしがみ付く一部の貴族です。そちらは我々にお任せ下さい、ひと月の猶予を頂ければ何とかいたします」


 そう言って、クレメンスはテーブルに視線を落とした。いまアルネが置いていった皿に乗るのは、銀杏を刺した串とニンニンクの芽を切って刺した串。

 更にアルネはカボチャ串とアスパラ串の皿を置いて、塩を振ってどうぞと小瓶を手渡した。聖職者用に、急ぎ野菜串を焼いてくれたのだ。


「これが銀杏なのですか? 食用になるとは思いませんでした」

「私も最初に食べた時はびっくりしましたもの」


 驚きを隠せないクレメンスに同意し、ルーシアがみやびをチラリと見た。果肉に独特の臭気を持つ銀杏は、この世界では食用扱いされていなかったのだ。


 臭い果肉を洗い流し取り出した核を乾燥して焼けば、中から仁と呼ばれる実が出て来る。これが茶碗蒸しの具材とかになったりするわけで、黄色い色彩と独特なほろ苦さが酒飲みの心を掴む。


 食べられないものという認識を、みやびはどんどん変えてしまう。そう言えばこの方は百合根や蓮根まで食用にしたなと、ルーシアはクスリと笑った。


「では事が成ればエラン城を明け渡し、ロマニアが派遣する知事の入城を受け入れるのですね?」


 ファフニールが確認の意味で問うと、クレメンスはその通りですとカボチャ串を手にした。ただひとつお願いがと、彼は眉を八の字にして身を乗り出す。


「司祭以上の方も派遣してもらえませんか、式典どころか日々の礼拝すら機能していない状況でして」


 枢機卿領ではアリーシャという清廉潔白な司祭が唯一残されていた。けれどボルドの正教会には、精霊の巫女になれる人材がいないらしい。


「修道女はどうなのですか?」


 ルーシアが問うと、彼は肩を落とし実はと口籠もる。優秀な修道女ならば司祭に引き上げるのが正教会の習わし。


「信仰心を捨ててはおりませんが、処女の者など一人も残っておりません」


 ファフニールが顔に、ルーシアが額に手を当てた。前枢機卿といいあの男爵といい、悪しき習慣が蔓延しているのだと理解する。

 クレメンスらがボルドを立て直すために排除するのは、女と見れば手を出す手癖の悪い貴族も含まれているのだろう。


「司祭の件は前向きに検討しましょう、良い知らせを待っていますよクレメンス」

「はっ、必ずや」


 ファフニールが請け負い、野菜串を堪能したクレメンスはボルドへと戻って行った。テーブルに残った三人はそこで作戦会議を始める。


「枢機卿領にも二人派遣しておりますから、司祭もとなると大聖堂の聖職者が不足してしまいますわね、フュルスティン」

「アーネスト枢機卿にお伺いを立ててみないとだけど、修道女から司祭に引き上げる人材を探すことになるでしょうね。ルーシア、貴方からみて推薦したい人物はいるかしら」


 するとルーシアは、八年前の戦争を経験した修道女ならみんなお勧めと笑った。反対する旧枢機卿と大司教のせいで、本来ならば大聖堂の司祭はみんな司教になっていてもおかしくないのだと。


「アーネストさまは枢機卿になられたし、幸いエビデンス城には法王さまも滞在していらっしゃる。ロマニア正教会はいま、上位聖職者をあるべき数にする好機ではないでしょうか」


 ルーシアが食べ終わった銀杏の串を振り、ファフニールとみやびがなるほどと顔を見合わる。


 そこへ焼き鳥セットの皿を並べていたアルネと小さな板前さんが、お盆を胸に抱いてよろしいでしょうかと口を揃えた。

 聖職者であるクレメンスが帰るのを待ち、肉料理を出すタイミングを見計らっていた二人。そこで元修道女であるルーシア知事の話しを聞き、どうやら思うところがあるようだ。


「二人とも、どうかしたの?」

「ラングリーフィン、実は推薦したい方が」

「あらいいわよ、聞かせて頂戴」


 アルネが推薦したのはお屋敷の鍵を渡してくれた修道女。小さな板前さんが推薦したのは、かつて子供達を調理場へ引率してくれた修道女。この二人が子供達に、読み書きと宮廷作法を教えてくれたのだとアルネは言う。


 ああ、あの二人ねとルーシアが手を叩いた。適任じゃないかしらと。ならば城に戻ったら、みやび亭で相談ねとみやびとファフニールが頷き合う。


 このみやび亭でってのがミソ。法王の客室まで会いに行かなくても、常連さんは向こうからやって来る。

 アルネと小さい板前さんが、嬉しそうにぶどう酒を注いでくれた。


「ところでルーシアは還俗げんぞくして、結婚とかは考えた事ないの?」


 何となく聞いてみたみやび。すると彼女はネギマ串を手にしたまま、ポカンと口を開けた。考えたことが無いと言えば嘘になる。アラサーのルーシアはテーブルに頬杖をつき、男ねぇとつぶやいた。

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