第115話 宣戦布告をする前に

 ここはファフニールの執務室。重職達が集められ、御前会議が行われていた。もちろんボルド国へ攻め入る作戦会議で、軍団をどう動かすか話し合われていた。


 モスマン帝国に睨みを利かせるため、モルドバ辺境伯領の戦力はそのまま。それ以外の国境守備隊をシルバニア領へ集結させる方向で話しはまとまりつつあった。そこにエビデンス城守備隊の一部と、近衛隊が加わることになる。


「軍団の集結が完了した時点をもって、帝国法に基づき宣戦布告を行います」


 ファフニールが宣言し、テーブルの皆も頷く。慢心している訳ではないが、何代にも渡りモスマン帝国と戦ってきたリンド族にとって、領邦国家群の小国ひとつなど取るに足らない存在であった。


「捻り潰してやるわ、のうブラド」

「ああ。我々を怒らせるとどうなるか、思い知らせる良い機会だ」


 会議が一段落した所を見計らい、ティーナとローレルが二段のミニ蒸籠を皆の前に並べていく。中身は麻子謹製の、一段目が海老焼売えびしゅうまい、二段目が小籠包しょうろんぽうだ。それとは別に、杏仁豆腐が入った小鉢をイレーネとパトリシアが置いていく。


「これはまた、あふ……変わった趣向じゃな」

「点心って呼ばれる軽食なの、小腹が空いた時にいいでしょ」


 小籠包から溢れる熱いスープにあふあふしているパラッツォへ、麻子がどうだと言わんばかりにグーサインを送る。

 ヨハンにレベッカ、それにフランツィスカも熱いけど美味しいと顔を綻ばせ、パートナーのレアムールがちょっと誇らしげな顔をする。


「この海老焼売とやらも美味い。麻子殿、もしかして点心とは料理体系なのか? その……、他にも種類があるとか」

「いっぱいあるわよ」


 ブラドの問いにあっさり返す麻子。ちまきとか大根餅とか馬拉糕まーらーかおとか月餅げっぺいとか芝麻球ちーまーちゅうとか、そう言いながら指を折っていく。


 ちなみに馬拉糕は蒸しパンで、芝麻球はごま団子のこと。お馴染みの肉まんや春巻きはもちろん、蒸し餃子やマンゴープリンも点心に含まれる。調理科三人組にはどれだけのレシピがあるのかと、ブラドのみならず皆が舌を巻く。


 そこに南門の守備隊員が、会議中失礼しますと入室した。


「サイモン殿が皆様にお目通り願いたいと、火急の知らせがあるようです」


 顔を見合わせるファフニールと重職達。急ぎならば使いの者に文を預けるサイモンが、自ら至急と言って訪れるからには相応の理由があるはず。


「通して頂戴」


 頷くファフニールに、守備隊員はサイモンを執務室へ招き入れた。彼は肩で息をしており、ずいぶんと急いで来た事が分かる。

 みやびの目配せでティーナがぬるめのハーブティーを入れ、サイモンに手渡す。彼はそれを一気に飲み干すと、感謝の言葉と共に発言の許可をみやびに求めた。


「何があったと言うの? サイモンさん」

「ボルド国で、内乱が起きました」


 呆気にとられるファフニールと重職達。攻め入る前に、内乱が起きるとはこれいかに。詳細を話すようブラドとパラッツォが促し、サイモンは差し出された二杯目のハーブティーを飲んで息を整えた。


「皇帝より廃国のお触れが出た途端、農民を含む騎士団と兵士達が蜂起ほうきしたのです」


 圧政に苦しみ重税を課せられていた農民と、信仰を奪われ精霊の加護を失った武人達の怒りが、ここに来て爆発したのだと。

 王族はリンドを人と認めないサルワ国へ命からがら亡命。大司教を含む聖職者達は武人達の剣によって成敗され、教会は機能していない有り様だと言う。


 宣戦布告をする前に、ボルド国の政権は瓦解がかいしてしまった。計画の立て直しであり、我々はどう動くべきなのかと重職達が考え込む。

 そんな中、みやびがすっくと席を立った。シルバニア領へ飛びますと言い放ったその瞳は、虹色のアースアイだった。





 ここはシルバニア領、クスカー城の正門前。

 体育祭で使われるようなテントが並んで設置され、その中でみやびが冷凍された魚を亜空間からでんでんでんと出す。

 彼女は水属性との合わせ技で冷凍庫、火属性との合わせ技で保温庫まで亜空間に追加していた。相棒が超魔人とつぶやいたが、もう何とでも言ってと開き直る。


 シルバニア領の国境守備隊に北方の牙、これにエビデンス城守備隊から選抜されたメンバーと近衛隊を加え、ボルド国へ向かうことになった次第。

 城の庭で立食パーティーをしつつ、みやびは方針を配下に徹底していく。鎮圧が目的ではなく、話し合いをしたいのだと。


 内乱を起こすこと自体が帝国では御法度で、国主はあくまでも皇帝から信任された者でなければならない。

 自主独立は認められておらず、皇帝から信任を受けたリンド族の統治を受け入れるかが焦点となる。言い換えるならばリンドを人として認め、仕える意思があるかどうかなのだ。

 サイモンの宝石商ネットワークを通じ、書簡は首謀者らに届いているはず。今はその返事を待っている所だ。


「小さな板前さんから聞き及んでおりましたが、シルバニア領で海水魚のお刺身を口に出来るとは思いませんでした」


 方伯知事のルーシアが、刺身盛り合わせの大皿から離れない。いや、気に入ってしまい離れられないのだ。

 アルネと物資をゴンドラに乗せてきたカエラとカイル君が顔を見合わせる。ワイバーン使いを増やし、ロマニア全土に運送業の組合を立ち上げるべきではと。


「みや坊、チーズ出して。あとタバスコも」

「あいよっ、ほれ!」

「みや坊、命の豆板醤とオイスターソースお願い」

「オッケーオッケー、ほらよっと!」


 みやび自身もだが、この時点で誰も気付いていなかった。戦になれば彼女自身が、労力をまるで必要としないひとり兵站へいたん部隊であることを。

 兵站部隊は軍団の後方から食料や物資の支援を行う任務を司る。陸上自衛隊で言うところの、需品科じゅひんかと言えば分かりやすいだろうか。


 無限とも言える亜空間に食料や物資を蓄えひょいひょい移動できるみやびは、ロマニアにとって軍団の胃袋を支える歩く需品科なのだ。その事実に皆が気付くのは、もうちょっと先のお話し。


 お刺身だけではなくピザや牛飯が並び、そこへアルネが配下のパウラとナディアを補助に付けて焼き鳥を始めた。

 国境の街道で警備に付いていた北方の牙が、ボルドからの使者を伴い城門をくぐったのはその時だった。

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