第114話 シルバニア領は拡張されます
商隊の傭兵達が全てを自供したことから、森で野営する別働隊が城壁を越えるまで待つ必要もなくなった。
剣を抜き片手に魔方陣を展開し、投降を呼びかけたヨハン組と守備隊のメンバー。けれど別働隊は、その場で全員自害してしまった。
彼らは商隊と違い、不法入国と要人暗殺未遂の罪が上乗せされ最低でも流刑、最悪は火刑となる。
ファフニールは彼らが望めば難民申請を認め流刑火刑を免れるよう配慮するつもりでいたが、その温情が届く前に自決してしまったのだ。
傭兵組合証や家族に繋がる所持品を確認しつつ、ヨハンは
コルタナの剣先でその手をどかせば、現われたのは六聖獣を象ったお守りだった。彼らもまた、信仰を捨てたことに後悔の念を抱いていたのだろう。なぜこのような不条理が起きるのだと、ヨハンは
「新月なのに城壁を越えなかったのは、
そう言ってレベッカはヨハンの肩に手を置いた。依頼主はボルドの王とボルドの大司教、この二人をどうしたいかと彼女は尋ねてみる。
「目の前にいたら、問答無用で切り捨てます」
「ああ、そうだな。私もそうすると思う」
この怒りをどこにぶつけたらよいのかと、拳を握り涙を流すヨハン。そんな彼を、レベッカは優しく包み込むように抱き締めた。
そして死者に善人も悪人もないと、みやびの鶴の一声で亡骸は丁重に埋葬された。遺品を引き取りに来る親族があれば受け入れるとも。
――そして数日後、ファフニールの執務室。
百人分の難民申請に忙殺されるファフニールとみやび。そこへ守備隊に付き添われたサイモンが、面会を求めてきた。
「皇帝陛下が大義であったと喜んでおられます。この書簡をお二人にと」
受け取ったファフニールがまず目を通し、これはみや坊の領分ねと手渡す。みやびは書簡を広げ長々と書かれた文章を追うが、どうも要領が掴めない。
「これってどういう意味?」
ファフニールが説明しましょうと、解説を請け負い人差し指を立てる。
「ボルド国は廃国に決定。
でも前の二国の廃国処理で皇帝は忙しい。
なのでボルド国をロマニアのシルバニア領に編入していいよ。
だから廃国処理はロマニアに任せた。
腐った聖職者の粛正もよろしくね。
平たく言えばこういう内容になるかしら」
どんだけ他人任せなのよと、みやびが頭を抱えてしまう。そもそも文章の書き出しが定型文の挨拶から帝国の歴史に流れ、ボルド国の建国にまで行くのだ。分かりにくいったらありゃしない。
けれどシルクや綿花の一大生産地ですよと、サイモンが真顔で言う。シルバニアの領地が小国三つ分から四つ分になりますねと、笑顔で簡単に言ってくれる。
血が流れるのは避けられないわねとみやびが書簡を丸め、そうねとファフニールが頷き、それは必至とサイモンも口を揃えた。
廃国となれば王の一族郎党は全て処刑、女や子供であろうと関係ない。精霊の加護を捨て私利私欲に走った一族の末路に、みやびは
――そして今夜のみやび亭。
「そうか、ボルドに新しい知事を立てるのか」
「ただでさえも負担が大きいのに、これ以上ルーシアの仕事を増やしたくなくてね」
お通しのキンピラゴボウをつまみに熱燗をキュッとやるブラドに、みやびが本日のおすすめをことりと置いた。それは
赤魚とは名が示す通り魚体が赤く、海の深いところに生息するメバル族の総称。釣り上げられると水圧の変化で目が飛び出ることから、メヌケとも呼ばれている。
それを白味噌に漬け込んで焼いたのが西京焼き。メバルの仲間で美味しい白身のお魚、酒飲みでこれが嫌いな人はまずいないだろう。
カウンター越しにアルネが焼き上がった赤魚の皿を、パラッツォ、ミハエル皇子、シリウス皇子の前にも次々置いていく。
その味わいにこりゃ美味いと皆が頬を緩め、ご飯のおかずにしていたカルディナ姫率いる女子三人組もご飯お代りと茶碗を差し出す。
「それにしても
カルディナ姫がカウンターを降り、後ろのテーブル席に歩み寄る。それは別働隊の自決事件をまだ引きずっている、ヨハンとレベッカにフランツィスカだった。腹は空いているが、どうにも楽しめないでいた。
カルディナ姫はデキャンタを持ち上げると、三人の杯に注いでいく。皇女から酌を受けるなど滅相も無いと三人は慌てるが、よく聞くのじゃと彼女はデキャンタを置いて腰に手を当てた。
「国境守備隊とエビデンス城守備隊、それに近衛隊を加えた連合でボルド国へ攻め入るのであろう? 武を持って国を支える者に不条理は付きもの、ましてや
彼女はカウンターに置いていた自分の杯を手に、それを一気にあおった。実はカルディナ姫、普段は量を控えているだけで、三兄妹では一番お酒に強いともっぱらの評判だったりする。
「忘れろとは言わん。じゃが精霊の加護を望み国を思い、その手に剣を持ち魔方陣を展開する武人ならば悩み迷う暇などないぞよ」
カルディナ姫は三人を激励したかったのだろう。何とも男気のある皇女さま、いや十代半ばの少女なのだが。
「ところでこれは何じゃ?」
「お品書きに追加されていたので、注文してみました」
おすすめには書いていないが、チーズピザだと答えるヨハン。香澄が動物系の食品をトッピングしなければ聖職者でも食べられるので、導入しましたーと手を挙げた。
「トッピングがあるのですか!」
トッピング大好きなエミリーが、追加されたお品書きに視線を
カウンター隅の男性陣はもちろん法王やアーネスト枢機卿も巻き込み、どれを選べばいいんだとみやび亭が一時騒然となったのは言うまでもない。
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