第117話 揚げタコス

 一旦エビデンス城に戻ったファフニール達はさっそく御前会議を開き、クレメンスからの連絡を待ってボルド入りすることが周知された。


「サルワ国へ亡命した王族はどうするつもりじゃ? フュルスティン」

「もちろん帝国法に則り、引き渡し要求の書簡を送り付けています」


 当然じゃなと髭を撫でるパラッツォ。

 けれどサルワ王のこと、ガン無視される可能性は高いだろうとブラドが腕を組む。もちろんその懸念はファフニールも重々承知していた。


「そうなった場合はどう対処するか、皇帝陛下にお伺いを立てている所です。私達は当面の間、ボルド併合に注力しましょう」


 話しが一段落した所で、クスカー城から保温状態にして持ち帰った串焼きを亜空間からポンポン出すみやび。

 ブラドもパラッツォもその光景に目を剥いているが、そんな彼女がちょっと聞いて欲しいのと皆を見渡した。


「方伯知事が二人体制になるから、ボルドを西シルバニア、従来の領地を東シルバニアに名称変更しようと思うの。どうかしら?」

「確かにオトマール公国も広大な領地は東西南北に分け、統治を複数の配下に任せておるな。わしは良いと思うが皆はどうじゃ」


 パラッツォがレバー串を手にしながらみやびに同意を示し、他の重職たちも良いのではと頷き合う。


「チェシャ、男爵の件で侯国地図を書き換えたばかりだが、また頼めるか」

「にゃはは、お気になさらずブラドさま。燃料さえあれば何度でも」


 扉の脇に控えていたチェシャが、にっこり笑ってみやびを見る。燃料と言う名のお刺身投下よろしくねと顔に書いてあった。


 ――そして夜のみやび亭。


「上位聖職者の件は、法王さまと相談していたところなのですよ」

「そうなんじゃ、人選に手間取っての」


 みやびがお通しと升酒を出す前に、話しはとんとん拍子に決まった。既に法王とアーネストの間で、青写真が出来ていたらしい。

 枢機卿領へ派遣している二人の司祭も、聖堂騎士ジェラルドから評価の高いアリーシャも、呼び寄せて司教にすると言う。

 

 ボルドへ派遣する新任の知事と司祭をどうしようか相談したみやびだったが、アルネと小さな板前さんにルーシアの推薦が決定打になった形。

 他にも見習いを除き、修道女達から何人かが司祭に引き上げられるようだ。


 お通しである蓮根のバター炒めを肴に、升酒をキュッとやる法王とアーネスト。みやびからクレメンスの話しを聞き、万感交到ばんかんこもごもいたるようだ。


「聖職者を裁けるのは聖職者のみ。ボルドの大司教は結果として、配下の聖堂騎士に討ち取られたか」

「直接手を下していなくとも、そうなりますわね」

「当然の報いではあるが、何ともやるせない気分じゃのう」


 しんみりする二人に、みやびがはいどーぞと味噌田楽を並べた。

 四属性の力を駆使し、みやびは貝殻焼成カルシウムの精製に成功していた。お料理で残る貝殻の使い道を模索した結果だが、それでコンニャクが作れちゃうのだ。


「これは面白い食感じゃな。あの蒟蒻芋こんにゃくいもが、まさか食用になるとは思わなんだ」

「この甘い味噌がよく合いますね」


 法王もアーネスト枢機卿も美味しそうに頬張り、升酒をキュッと。そんな二人にみやびは目を細めた。

 毒性を持ち生食はおろか加熱しても食べられない蒟蒻芋。それを無毒化し、精進料理の定番食材に進化させた昔の日本人には敬意しかないと。


「この甘い味噌は茹でたダイコンにも合うのよ、食べてみて」


 湯気を立てる白いダイコンと茶色い田楽味噌、そして上に乗せられた水菜が色彩を際立たせる。これは絶対に美味しいやつだと二人は頬張り、うっとりした顔をして升酒をキュッと。


 片やカウンターの隅に陣取る男性陣は、麻子と香澄が仕掛けた罠にまんまとはまっていた。とろけたチーズがにゅーんと伸び、その熱々を夢中で頬張る。


『本日のおすすめは、揚げタコス三種類』


 粉物どんと来いの香澄が焼いたトルティーヤに、麻子が具材を並べて巻き中華鍋で揚げていく。それはつまり、タコスの油で揚げるバージョン。


 某コンビニで見かけるブリトーを揚げたと言えば分かりやすいだろうか。サルサソースをベースに、具はチーズオンリー・チーズとタコミート・チーズと腸詰めの三種類。チーズオンリーなら聖職者でも食べられる。

 ちなみにここで言うタコミートのタコとは海のタコにあらず、タコス用に味付けした牛挽肉のこと。


「兄上、もちろん全種類制覇ですよね」

「当然だシリウス、僕は二周するつもりでいるぞ」

「ふぉっふぉっふぉ、わしは三周するぞ。なあブラド」

「三人とも程々にな。妙子殿、ぶどう酒を頼む」


 そう言うブラドも二周目に入っていたりするのだが、彼が差し出す杯に妙子が微笑みながらぶどう酒を注ぐ。

 

 そしてこちらは女子三人組。揚げタコスを含むオードブルセットを前に、カルディナ姫が乾杯の音頭をとっていた。


「今日はミスチアの誕生日なのじゃ、……ところで何歳になったんじゃっけ?」


 ここでそれを聞きますかと、ミスチアがカルディナ姫に半眼を向ける。事実テーブル席の守備隊や牙のメンバーが、思わず聞き耳を立てているのだから。


 武官と言うよりは文官寄りのミスチアと、こてこての武官であるエミリー。実はこの二人、守備隊や牙の男達からは結構人気があったりする。


 独身の牙がファンクラブを結成するという動きも出ていて、割りとセンシティブ敏感な話題だったりするのだ。 


「分かっておる、聞いてみただけじゃ。それでは乾杯!」


 杯をぶつけ合う女子三人の前に、香澄が二十二本の蝋燭ろうそくを立てたバースデーケーキを置いておめでとうと祝う。

 それって歳がバレバレではないかと思われるかもしれないが、蝋燭の意味を知らないこの世界の住人なら無問題。

 みやびと麻子が調理しながらハッピバースデー・トゥ・ユーと歌い始め、今日のみやび亭も和やかな時間が流れて行った。

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