第113話 商隊に扮した傭兵が動き出す
翌朝、市場に近い宿屋で監視を行っていた牙が南門に飛び込んできた。つまりパウラの父だが、複数の宿屋に分散していた傭兵達が市場に集結し始めたと告げる。
それぞれの宿で監視していたメンバー達も各城門に駆け込んできて同様の報告を行い、城の中は臨戦態勢となった。
ボルドの商隊はビュカレスト入りしてから、反物販売の露天を開いた事など一度もない。ならば今日から始めるのかと思いきや、市場組合に出店申請をしていないと組合長から確認も取れている。
目的は不明だが、何か事を起こすなら鎮圧しなければならない。守備隊が別働隊を監視している状況で人手が足りない中、南門には近衛隊が集合していた。
新しく採用された第一種警戒態勢の準装備に身を包み、総監であるみやびの号令を待つ近衛隊の乙女達。
麻子もマイア州領主としての装束でムラサメブレードを装備。香澄もミズル州領主としての装束で矢筒を背にヨイチの弓を握る。
整列する近衛隊の前で、みやび組と麻子組に香澄組が、牙の第二報を待っていた。市場に集結した傭兵に動きがあれば、その
ちなみにファフニールが自ら出陣するのは想定外で、ブラドとパラッツォが全力で止めたのだが本人が頑として譲らなかった。屋台の時と同じで、みやびが出るなら自分もと押し切っていた。
近衛隊の
「隊長、これは別働隊をビュカレストに引き入れるための陽動でしょうか」
「商隊と別働隊との接触はないと報告が上がっているわ。第二城壁の外で野営していることなど、商隊の傭兵達は知らないはず」
エアリスとレアムールが、商隊の目的に当たりを付けようと腕を組む。そこへ監視に戻っていたパウラの父が南門をくぐり、みやび達の前へ走り寄り拳で胸を叩いた。
「何やら揉めていたようですが、北に向かって移動を始めました」
「北へ? 百人がぞろぞろと?」
ファフニールが意外とばかりに碧い眉を上げた。陽動かどうかは別として、騒ぎを起こすなら市場が効果的、北に向かう理由が見当たらないのだ。
朝の礼拝を行う法王とアーネスト枢機卿を狙うつもりではないかと、レアムールとエアリスが色めき立つ。
しかし刺客の存在が明らかになってからは、二人とも城で寝泊まりしている。礼拝で大聖堂へ向かう際は守備隊と牙、それに聖堂騎士が厳重に警護しており、正教会の広い敷地と大聖堂の中なら竜化も可能。百人程度の人間では、はっきり言って無謀もいいところ。
「あの、私見ですが申し上げてよろしいでしょうか」
「いいわよ。こういう時の直感は大事、聞かせて頂戴」
パウラの父にみやびは頷き、話すよう促す。
陽光を受け大地の恵みで萌えるが如き若草色のマントに、パウラの大親分だと緊張しながら彼は口を開いた。
「連中は信仰を捨ててしまったことに後悔の念を抱いています。市場でもその話で揉めていました。あいつらは多分、大聖堂で懺悔をしたいんじゃないでしょうか」
顔を見合わせる調理科三人組とそれぞれのパートナー。どのみち北へ向かったなら守るべきは大聖堂に聖職者達と、それぞれ頷き合う。
「これより北門を抜けて正教会に向かいます。総員、駆け足!」
みやびの号令に応じ、近衛隊の面々が隊列を組んで走り出した。背負う長剣をカチャカチャ鳴らし、黒いマントをひるがえす。
「開門! 吊り橋を下ろせ!」
みやびの怒声にも近い大声に、北門の牙達が慌てて応じる。
先頭は無限大を象った深紅のマント(ファフニール)と若草色のマント(みやび)。
続く
そしてアイリスの紋章を胸に抱く黒マントが、隊列を組み吊り橋をダンダンと踏み締め一気に駆け抜けていく。
その勇壮な姿を見送り、北門の牙達はしばし呆けていた。お弁当を配給してくれる乙女が、ダイニングルームでおかずをよそってくれる乙女が、長剣を背に走るその勇姿があまりにも眩しかったのだ。
大聖堂の正門と通用門に陣取った近衛隊を前に、商隊に扮した傭兵達はいささか驚いたようだ。
けれど彼らは身に付けていた剣を手放し地面に置くと、ひざまずいて両手を組みファフニールとみやびを見上げた。商隊の代表者が懇願するように口を開く。
「そのマント、君主さまに宰相さまとお見受けいたします。どうか我らに、大聖堂での礼拝をお許しくださいませ」
ふざけるな絵踏みをしたのだろうと、レアムールとエアリスが責め立てる。信徒ではない者を大聖堂へ入れる訳にはいかないのだ。
全てお見通しだと剣の柄に手をかける近衛隊の面々だが、そんな彼女達をみやびは両手を広げて制した。
「あなた達はこれからどうしたいの? 聞く耳は持つわよ、言ったんさい」
計画はバレており、自分たちが囮であることも知られている。それを悟った傭兵達は額を地面に押しつけた。
「難民申請をしたく存じます!」
百人分の難民申請書を頭に思い浮かべ、ファフニールが遠い目をする。けれどみやびは、気持ちは受け取ったわと大聖堂の正門を開いた。祈りを捧げなさいと。
本気ですかと、近衛隊の皆が慌てみやびに真意を問う眼差しを向ける。そんな彼女の瞳が、一瞬だが七色の虹彩を放った。
「真剣に祈りを捧げる者ならば、精霊は決して悪いようにはしない。そうよね、聖獣ちゃん達」
みやびの頭や肩に乗る聖獣たちが、それぞれの持つ属性の光をキラリと放った。フェンリルちゃんは放つと言うより吸収するのだが。
絵踏みで踏みつけてしまった聖獣の存在に、今更ながら気付き傭兵達が恐れ多いとひれ伏した。
「ところで、白旗を上げるきっかけは何だったの?」
礼拝を終えスッキリした顔の傭兵達に、みやびは問いかけてみた。各国から集められ金で動く傭兵が、依頼主を裏切るのだ。聞かずにはいられなかったのだろう。
武器を手放し丸腰の彼らに捕縛は不要と、城に大人しく連行される彼らの何人かが懐から紙片を取り出した。そこに書かれた文字列を見て、みやびは思わず笑い出してしまった。
“大食いチャレンジの完食おめでとうございます! このチケットを提示して下されば、行列をジャンプしてお料理をすぐ提供いたしますよ。その胃袋に全ての精霊のご加護があらんことを! アルネ・フライフラウ・トゥ・シルバニア”
押された紋章印は間違いなくチェシャの肉球。アルネは何て
そんな彼女の足下に七色の魔方陣が展開し、頭上に上がるや光の粒となって傭兵達に降り注いだ。それは大精霊イン・アンナが、慈悲の心をもって道を踏み外した者に再起を促す祝福であった。
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