第111話 焼き鳥を出せるようになりました

 ここはファフニールの執務室。

 パラッツォとブラドがファフニールと話し合っていた。リンド族としての打ち合わせをするためで、部屋には三人しかいない。


「では妙子殿に付けたクーリエ・クーリド姉妹は現状維持じゃな?」

「それでお願いします、モルドバ卿。もし本人達が希望すれば、近衛隊への転属も視野に入れておいて頂戴」


 承知したとパラッツォは頷きながら、ロマニア全土に配置した竜騎士団員の名簿にペンを走らせる。


「近衛隊のお付きもこのままか?」


 ブラドの問いに、そうねと言いながらファフニールは近衛隊員名簿を手にした。お付きとはみやびのティーナとローレル、麻子のイレーネ、香澄のパトリシアを指す。


 当初は一定期間で交代を予定していたのだが、方向性が違う調理科三人組それぞれの料理と発想を学ぶには、交代はむしろ愚策とファフニールは考え直したのだ。

 広く浅くではなくどっぷり浸からせる。香澄がシリアルバーを考案した時点で、ファフニールは方針を既に決めていた。


「四人とも専属とします、本人達の意思は確認しました」

「ふぉっふぉっふぉ、ティーナとローレルはみやび殿が大好きじゃからな」


 ルビー色の単眼が細められ、テーブルに置かれたクッキーに手を伸ばす。三人で内緒話しするのねと、みやびがムフフと笑いながら差し入れしたものだ。


 リンド族の人事異動はこの三人が、本人と面談し希望を聞きながら決めていた。もちろん希望が通らないこともままある。

 特に国境防衛には地水火風の四属性をバランスよく配置する必要があり、一族をまとめる立場にある三人には避けて通れない重要な打ち合わせ。


「エビデンス城守備隊の方はどうなのかしら」

「ワイバーンの問題が片付いたので、今のところ不満や配置換えの希望は出ていない。ただ……」


 そこで言い淀んだブラドに、ファフニールとパラッツォが顔を見合わせる。他に何の問題があるのかと。


「青空お料理教室を南門ばかりでやるのはずるいと」


 そこなのかと、ファフニールもパラッツォも脱力してしまう。確かに南門の守備隊と牙のメンバーは、出来上がった料理のご相伴にあずかれるのだ。


「各城門で週替わりにお料理教室を開催するよう、みや坊に相談してみるわ」


 ぜひそうしてくれとブラドが頷き、気持ちは分からんでもないとパラッツォがクッキーを頬張る。

 ちょうどそこへ、北門の守備隊員がご報告をと入室した。ボルド国の別働隊が第二城壁にほど近い森で野営を始めたと。

 ビュカレスト入りしたシルバニアの追尾班から引き継いで、ヨハン組率いる守備隊が監視に当たっていると告げる。


「来おったか」

「兄上、手筈てはず通りに」

「ああ、任せておけ」


 三人は頷き合い、席を立った。第一城壁を乗り越え城内に侵入したところで捕らえたい。その段取りは、既に出来上がっていた。





 褒美を与えるのは明日の朝とし、追尾班メンバーはまず浴室に案内された。汗とホコリまりれで顔も腕も真っ黒なのだ。


「着替えをここに置いておきますぅ」

「服は洗い、明日お返ししますね」

「いやいや、この服はもう焼いちゃってくれ。お針子さんに修繕を頼むより買った方が安いんだ」


 メンバーの一人が気恥ずかしそうに人差し指で頬をかき、他のメンバーもそうしてくれと口を揃える。

 追跡するため山野を駆け巡り、上着もズボンもイバラ枸橘カラタチの枝に引っ掛けボロボロだった。

 浴室に案内したティーナとローレルが、それでいいならとにっこり笑う。領主の側近にしてリンド族の二人を、可愛らしいなと思ったのは一人や二人ではなかった。


「入浴を済ませましたら、みやび亭にご案内しますぅ」

「たらふく食べて、今夜は疲れを癒やして下さい。あ、みやび亭は無礼講です。中でラングリーフィンにひざまずき臣下の礼をとったりしませんように」


 それでいいのかと目を丸くするメンバー達に、いいのですと首を縦にブンブン振るティーナとローレル。みやび亭で堅苦しいことは抜きですと言いつつ、さっさと温泉に浸かって来いとメンバー達を急き立てるのだった。


 ダイニングルームは第四陣の夕食まで済んでおり、既に片付けが始まっていた。ゆえにメンバーをみやび亭へ案内するようお付き二人にお願いしたみやび。

 そんな彼女の手元を見て、麻子と香澄がいいねとはしゃぐ。二つの大皿に盛られた料理の数々は、まるでパーティーのオードブルセットなのだ。


 湯上がりでさっぱりした追尾班のメンバー達が、先にテーブルへ付いていたボルド商隊尾行メンバーから手招きされた。


「まだシルバニアへ帰ってなかったのか」

「ワイバーンのゴンドラでまとめて帰してくれるそうだ、まあ飲めよ」


 デキャンタを回すメンバー達の前に、オードブルセットの大皿二つがでんでんと置かれる。その量と種類の多さに、まともな食事が久しぶりだった追尾班のメンバーは目の色を変えた。

 フライドチキンにフライドポテト、チキンナゲットにオニオンリング、ローストビーフにミニハンバーグ、海老フライに牡蠣カキフライ、ボイルした各種腸詰め。


 ベーグルの入った籠を置きながら、どのソースが合う料理か軽く説明するティーナとローレル。メンバー達は頷きながら、思い思いの料理に手を伸ばす。そこからはもう、ライオンかトラかという勢いの食事であった。


「あの大皿セット、社交界に良さそうじゃな」


 カルディナ姫がつぶやくと、ミスチアとエミリーも確かにと頷く。乗っている料理と付属のソースは全て、三人ともマスターしていた。

 王侯貴族を集めて開催される社交の場では、政治的な駆け引きも行われる。華やかに見えて結構肩がこるから、そんな時の気晴らしに良いとカルディナ姫は笑う。


 ならばサンドイッチも加えましょうとミスチアが、巻き寿司やいなり寿司も捨てがたいですとエミリーも話しに乗っかる。


「そしてこれもじゃな」


 カルディナ姫が、三人の前に置かれた皿から串を持ち上げた。それは焼き鳥セットのつくね棒。

 ファフニールから食べたいとリクエストされていたみやびだが、こちらの世界には竹串や爪楊枝というものが存在しなかった。

 まかないに使う分程度なら木を削って自作していたけれど、お店で出すとなると数を揃えなければならない。

 木工職人に端切れから作って欲しいと依頼し、やっと入荷した次第。それで本日のおすすめが焼き鳥なわけである。


「ラングリーフィンよ、これを串から外してご飯に乗せたらどうなるじゃろう」

「焼き鳥丼になるわね、やってみる?」


 もちろんやってみたいと頷く三人組。そういう発想もお料理では大事なのよと微笑み、ご飯をよそった茶碗を三人の前に置いていくみやび。


「このタレを上からかけてね。ミスチアさんとエミリーさんは、お好みで七味唐辛子を使って」


 焼き鳥丼を頬張る三人の顔は、まるで想い人から愛をささやかれる乙女のような表情だった。

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