第110話 公用語会議

「これを私達に?」

 パウラとナディアが、手渡された衣装に目を丸くする。だが渡した当のアルネは何故か思い出し笑いをしており、二人は顔を見合わせ首を傾げた。


 アルネは領地の授与が保留となっている代わりに、みやびから俸給を頂いていた。革袋の中身は銀貨百枚で、つまり金貨一枚と同じ。

 準男爵の俸給としては妥当とファフニールが頷けば返す言葉もなく、教会で清貧を旨として育てられたアルネには使い道がまるで思いつかなかったのだ。 


 みやびは自分の配下につぎはぎだらけの服を着て欲しくないと、子供達に服を用意してあげていた。金貨が一向に減らないとぼやきながら。

 

 けれど彼女はぶどうとぶどう酒の生産拠点であるシルバニア領から税収があるわけで、国庫に納める分と領地運営に回す分を差し引いた残りが懐に入る。

 最近ファフニールから領地運営を引き継ぐ際その事実に気付いたらしく、遠い目をしていたわけで。


 子供達に仕立ての良い服を買い与えたところで、屋台を増やし魔改造したところで、みやびの金貨はそうそう減ることはない。

 だからアルネは思い出し笑いをしてしまったのだ。あのお方に物欲というものは無いらしく、そして自分も配下に同じ事をしていると。 


「これからお城に行きますから、着替えて頂戴。それとこの指輪を左手中指に」


 それは紋章印を授与されるまでアルネも身に付けていた、竜騎士団のシンボルが入る指輪だった。城門の詰め所まで顔パスで行ける、城の貴人に仕える者の証。


 兄妹で末っ子だったパウラとナディアは、姉達のお下がりしか着たことがない。城門の通行証とは言え、指輪という装飾品にも縁がなかった。

 二人は色褪せや擦り切れが目立ち所々につぎはぎのある自前の服から、調理場で華美にならぬようライトグレーで仕立てられたワンピースに着替えた。


「動きにくいとか、何か違和感はあるかしら」

「だ、大丈夫です」

「問題ないわよ……、ひぎ! な、ないです」


 ナディアにお尻をつねられ、言い直すパウラ。料理を教えながら行儀作法も叩き込んだのだけれど、彼女の言葉遣いだけはどうにもならなかった。

 みやびに相談したら、それも個性の一部と認めてあげなさいと言われ本日に至る。ブラドやパラッツォ、それに法王と皇位継承権を持つ三兄妹の前に出して、大丈夫なのかと不安しかない。


 それでも今日はダイニングルームで公用語会議が開催される。近衛隊のメイドが通訳に駆り出されるため、二人を連れ給仕の応援に行かねばならなかった。


 アルネはまず市場の屋台に顔を出し、販売状況を確認する。今日の日替わり屋台で出すメニューは、子供達で決めた立ち食いそば。

 トッピングを選択できるスタイルにし、キツネ・タヌキ・月見・コロッケ・天ぷら各種・鴨南蛮。そして刻みネギは好きなだけ、七味唐辛子はお好みで。

 市民は箸を使えないのでフォークを一緒に渡し、使い方を教えながらさあ召し上がれと次々さばいていく子供達。


 そこにトッピングを全制覇しようとする者が現われ、ちょっとした大食いチャレンジに行列の市民からおおと声が上がった。普通の器では盛りきれず、アルネの指示で片手鍋を代用。

 その男こそボルド商隊の代表者だったりするのだが、北方の牙からバトンタッチしたビュカレストの牙達がきっちり監視の目を光らせていた。


 肝心の別働隊はと言えばワイバーンによる食糧供給が途絶え、山野でイノシシやウサギを狩りつつ移動していた。

 なのでビュカレストへ到達するにはまだ日数がかかると、サイモンと同じ力が使える追尾班の小リンドメンバーから報告が上がっている。

 別働隊はリンドによる討伐隊が編成されるのを恐れ、腹が空いても下手に町や村を襲えないのだ。踏み絵を行い精霊の加護を失った者には、分相応と言えよう。


 ――そして公用語会議。


 案の定というか、やっぱり紛糾してしまった。わが故郷の言語を我が民族の言語をと、各勢力がそれぞれ主張し合い会議は平行線をたどる。

 ファフニールとブラドが第一公用語をラテーン語、第二公用語を日本語と提示したのだけれど、その反発は凄まじいものであった。


 ダイニングルームを貸し切るため、守備隊や牙へのお昼は仕出し弁当を届けた。そこまでして準備したのに、また結論が出ないまま会議は流れてしまうのかと、通訳に当たっていた近衛隊の面々がため息をつく。


 そこへ意外な人物が声を上げた。


「ばっかじゃないの!」


 会議にあるまじき毒を吐き、全員の視線と野次を集めたその人物はパウラだった。何を言い出すのと、アルネとナディアの顔が引きつる。


 けれどみやびは目を細め、議事進行役の立場で静粛を呼びかけた。静かにしないなら青龍ちゃん出すわよと。

 みやびの意に応じ青光りを放ち始めた青龍ちゃんに、ダイニングルームはしんと静まりかえった。


「発言を許可します。あなたが思うところを、聞かせて頂戴」


 みやびに促され、パウラは前菜のサラダを運んでいたお盆を胸に抱き、評議会のメンバーを見渡した。


「私の祖父は無実の罪で国を追われ、ロマニアに流れ着いた兵士だったわ。評議会のあんた達だって、先祖をたどれば難民申請でロマニアに住み着いたのと違う?」


 その通りである。根っからのロマニア国民を除き、公用語に拘る評議会のメンバーはみな外から来た民だ。


「祖父は受け入れてくれたロマニアに報いるため牙になったわ。八年前は志願して最前線へ行ったのよ、死んじゃったけど。

 そして父も祖父の意思を継いで牙になった。私達家族はね、ロマニア国民として胸を張りたいの。

 それなのにあんた達は祖国の言語とか民族の言語とか、いったいどこの国の人よ。ここはロマニアなの、ロ・マ・ニ・ア!」


 そう言いながら床を四回指差すパウラに、生粋のロマニア国民代表らが頷いた。彼女の言う通りだと。


忌憚きたんのない意見をありがとう、パウラ。これより昼食タイムで休憩とします。フュルスティン・ファフニール、何か話しておきたいことはありますか」


 みやびの目配せで、ファフニールは立ち上がり評議会メンバーを見渡した。そして最後にパウラへ視線を向けて微笑む。


「公用語会議を再度開くつもりはありません。私が強権を発動してもよいのですが、できることなら皆さんの意思で決めて欲しいのです。昼食後、採決を取ります」


 メインのビーフシチューを頬張りながら、ブラドがくつくつと笑う。ビーフシチューにパンを浸すファフニールもクスクスと笑う。


「アルネは面白い使用人を抱えたな。しかしあの言葉遣いは何とかならないのか?」

「みや坊が言うには、好きな人が出来たら変わるんじゃないかって」


 そんなものなのかとブラドは目を丸くし、そうかもよとファフニールがパンを頬張る。そして採決の結果、公用語はラテーン語と日本語で確定した。

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