第101話 アーネストの戴冠式

 翌朝、大聖堂でアーネストの戴冠式が行われた。二重十字架の紋章を象ったビブスと純白のマントでひざまずく彼女に、法王が枢機卿冠を装着する。


 男性用はミトラと呼ばれる宝冠で、女性用はティアラになるのよと妙子が教えてくれた。司教冠は二重十字架が一本あしらわれていたが、枢機卿冠は高さ違いで八本。 後頭部へ向かうにつれ低くなっていく造りだった。   

 法王冠ほどではないが宝石がふんだんに使われており、上位聖職者であることが一目で分かる。


「これをもってロマニア教区の長であるアーネスト・フォン・リンドを、正教会の正式な枢機卿に任命する。アーネストに全ての精霊のご加護があらんことを」

「この大任、謹んでお受けいたします。法王さま」


 アーネストが胸の前で二重十字を切るその姿は、神聖で清らかなものだった。アルネをはじめ子供達が、儀式を終えたアーネストに花束を持ち駆け寄っていた。


 さてお昼だが、ダイニングルームのメニューは麻子と香澄に任せていた。貴賓室で行われる祝賀会に何を出そうかと、みやびは例の癖を披露する。今後の聖職者向けメニューはみやびが担当すると、調理科三人組で話しはまとまっていた。


 朝はカツオ節の代わりに海苔を散らしたほうれん草のおひたしと、小芋の煮っころがしにキュウリの梅肉和え。これにお新香とワカメのお味噌汁だった。

 コテコテの和食だったので昼は目先を変えようと、増設された棚に視線を移すみやび。味噌を一斗缶に醤油は一升瓶、他の調味料も業務用のでっかいサイズと来れば、妙子の棚だけでは足りなくなったのだ。


「あ、これいいかも」


 みやびが手にしたものを見て、麺を油で揚げていた麻子が目を皿のようにした。ダイニングルームのお昼は五目あんかけのかた焼きそばがメインらしい。


 そんな麻子にみやびがにっしっしと笑う。手にしているのはトマトケチャップと、子供達に聖職者用として教えたウスターソース。昨夜アスパラガスの素揚げに添えたソースもこれ。

 市販のソースは肉や魚介類のエキスを含むため、昆布だしで作ったもの。聖職者用として、野菜コロッケやクリームコロッケにどうしても欲しかったのだ。


 そのケチャップとソースで何を作るのかしらと、香澄もダイニングルーム用の生春巻きを包みながら興味深そうな顔をする。

 そんなたいそうなもんじゃないわよと、みやびは破顔した。なんせ作ろうとしているのは、ナポリタンなのだから。


 ~パスタ~ 

 二人前としてパスタ百六十グラム

 茹でるお湯は一リットル

 茹でる時の塩は小さじ二


 ~具材~ 

 タマネギ:二分の一(くし切り)

 ピーマン:二個(細切り)

 聖職者向けにソーセージの代用で:生シイタケ二個(スライス)

 炒め用のサラダ油:適量


 ~パスタソース~

 トマトケチャップ:大さじ八

 ウスターソース:大さじ一

 牛乳:大さじ六

 砂糖:小さじ一

 塩:精製塩ではなく自然塩を小さじ一

 胡椒:小さじ二分の一

 

 ~トッピング~

 乾燥パセリ:適量

 粉チーズ:適量

 タバスコないしハバネロソース:個人のお好み、特にハバネロは自己責任で


 パスタソースの材料を見れば分かる通り、ウスターソースが隠し味だったりする。バターを使わず牛乳と砂糖を用いるのもみやび流。

 自然塩とは甘みや苦みを持つ海水のミネラルを含んだ塩で、スーパーでは『瀬戸のほんじお』や『赤穂の天塩』がなじみ深い。


 さあいきますかと、みやびは調理を始めた。

 側でお付きのティーナが一緒に出す野菜スティックを切りながら、ローレルがミネストローネの材料を刻みながら、みやびの手元を気にしている。午前中の屋台販売を終えた子供達もお付き二人を手伝いつつ、みやびをワクワクした顔で見ていた。


 パスタを茹でる時間はケチャップが絡みやすいよう、規定より一分ほど長めでオーバーボイルする。芯の弾力を残すアルデンテの茹で加減は、ナポリタンには不要とするのがみやびの考え。


「ローレル、余ったクズ野菜をちょうだい」

「これをどうされるのですかぁ?」

「他の調理で余ったクズ野菜を入れて一緒に煮込むとね、パスタが味わい深くなるのよ」


 火を含む『加減』とレシピには無い『分量外の副材』が、調理科三人組の作る料理では非常に重要だとメイド達は悟りつつあった。

 アルネが真剣にメモを取り、お付き二人が後で写させてねと、すかさず話しかけていた。


 パスタを茹でるのと同時進行で、サラダ油を入れ温めたフライパンにまずはタマネギを投入する。しんなりしてきたらピーマンとシイタケを投入し、ここで分量外の砂糖を小さじ二分の一。もちろんアルネが分量外とペンを走らせる。


「そのまま炒めると水分が飛んでピーマンの歯ごたえが無くなるから、砂糖を入れてコーティングするのよ」


 華板の立花みたいに、料理は盗めなんてことをみやびは言わない。なぜそうするのか、彼女は解説を加えながら調理を続ける。


 ピーマンが色鮮やかになったところで炒めた野菜をいったん皿に移し、そのフライパンへ入れたのはトマトケチャップだった。


「熱を加えて、ケチャップの酸味をまず飛ばすの。そのままパスタに和えたら酸っぱくなるから」


 ケチャップが煮立ったら残りのソース材料を全部加え、更に分量外であるパスタの茹で汁をオタマ半分くらい注ぎ入れる。


「クズ野菜の味が付いた茹で汁、これが良い仕事するんだわ」


 メモが追いつかないと、アルネが焦っている。火加減をみやびに尋ね、終始強火との返事を書き加えることも忘れない。


 活火山の火口が如く溶岩のように泡がポコポコ立つまでかき混ぜ、炒めた野菜を戻し更にかき混ぜる。強火だから焦がさないよう注意してねと、みやびから大事なアドバイス。


 あとは火を止め、茹で上がったパスタを入れて和えればナポリタンの出来上がり。皿に盛って粉チーズと乾燥パセリを振りかければ見た目も美しい。


「おいひいでふ」


 熱々を頬張り、口に手を当てながらティーナが目を細めた。レトルトではまず味わえない昔ながらの洋食屋さんの味に、ローレルも子供達も頬が緩んでいる。


 ピーマンが苦手でなければ、ナポリタンが嫌いな子供なんてまずいないだろう。子供達はみやびのお屋敷で、復習を兼ねすぐに作りそうだ。


 そんなみやびチームに、熱い視線が集中していた。自分達も試食したいのはもちろん、レシピとアルネのメモが欲しいメイド達が発する熱い視線。


「あは、あはは、みんなも食べてみる?」


 頭へ手をやるみやびに、麻子チームと香澄チームも、妙子とクーリエ・クーリド姉妹も、作業を中断してナポリタンに集まって来た。


 みやびチームを取り囲むように、試食に加えレシピとメモのやり取りが行われる。今日も調理場は和気藹々わきあいあいと、穏やかな時間が流れていった。

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