第100話 シリウス皇子と法王の来訪
昼は二枚貝をふんだんに使ったボンゴレパスタで、夜は鶏の唐揚げ祭りとした調理科三人組。そう言えば鶏カラやってなかったわよねと。
塩味と醤油味の二種盛りで取り放題、トリだけに。それぞれ辛いホットバージョンも加えダイニングルームは大盛況のようだ。
そんな中、調理場で麻子が「んーなんか足りない」と声を上げた。
美味しいけどと付け加えるが、みやびと香澄も味に納得がいかないようだ。調理科三人組がいま取り組んでいるのは、某有名店のフライドチキンで本日の裏メニュー。
みやび亭開店前の、スキルを磨こうタイム。あの味を家庭で再現できないものかと軽い気持ちで始めたのだが、いつの間にか本気モードに切り替わっていた。
お付きのティーナとローレル、イレーネとパトリシアが味見して、これのどこがダメなんだろうと首を捻っている。
牛乳に漬け込んでおいた鶏肉を一度二十分ほど煮立てて冷まし、スパイスを加えた小麦粉にまぶして揚げるのだけれど、そのスパイスで三人は迷宮に迷い込んでしまった。ありがちなオールスパイスでは違うフライドチキンになると、三人はスパイスの選定から始めていた。
薄力粉:カップ一
パプリカパウダー:小さじ一
ドライセージ:小さじ一
セロリシード:小さじ一
ドライオニオンパウダー:小さじ一
ガーリックパウダー:小さじ一
粉末マスタード:小さじ一
砂糖:小さじ一
塩:小さじ二
粉末黒こしょう:小さじ一
粉末白こしょう:小さじ一
これらを全部混ぜ合わせたスパイスミックス。
大筋では間違っていないはずと、三人が額を寄せ合う。だが何かが足りないのだ。お付きの四人は美味しいのにと試作を頬張るが、いやこれはあのフライドチキンじゃないと三人は妥協を許さなかった。
「正体は分からないけど、旨み調味料だと思うのよね」
そう言ってみやびが手にしたのは、あっちから持って来た味の素。蓋を開けて振りかけるのではなく、キャップを外して小さじ二。つまりこの配合に、味の素小さじ二が加わるわけだ。
鶏肉をミックスしたスパイスに付け、新たに用意した牛乳に浸してもう一度スパイスに付ける二度付け。余計な粉は全部払い落とすのが肝。
「じゃあ麻子、よろしく」
「オッケー任せて」
油のコンコン弾ける音が心地よい中華鍋、そこへみやびは鶏肉を投入した。ドラムとサイの各三個、さてどうなるか。
ちなみにドラムは脚で、サイは腰やお尻の部位。胸肉や手羽元に手羽先でも構わないのだが、フライドチキンと言えばドラムとサイなのでそこは拘る三人組。
「あ……これよ!」
麻子が声を上げ、香澄もうんうんと頷いている。私達あのフライドチキンと肩を並べたかもと。でも完全コピーには至ってないわよねと言うみやびに、そりゃしょうがないわと二人は笑う。
同じく味見をするお付きの四人が違いに驚いていた。お料理とはこうやって、味を探求していく事なんだなと気付き始めたようだ。レシピ通り作るのではなく、自分自身で創意工夫を凝らすのが醍醐味なんだと。
そこへフランツィスカが、一片の紙を手に調理場へ姿を見せた。
「ラングリーフィン、シリウス皇子と法王が第二城壁で入城を求めております。ダイニングルームのメインが鶏肉なので、みやび亭にお通れしたいとフュルスティンから言付かりました」
「分かったわ、こちらは準備を整えておくとファニーに伝えて。ところでその紙はなぁに?」
フランツィスカは申し訳なさそうな顔で、みやびにメモを手渡した。何かしらと麻子と香澄も横から覗き込む。
それは牙達からのリクエストで、鶏の唐揚げが上位に食い込んで来ていた。調理科三人組は思わず目を細め、やっぱり鶏カラは定番よねと笑う。
妙子が暖簾をかけるちょうどそのタイミングで、法王とシリウス皇子がみやび亭に御来店。もちろんファフニールとアーネスト、ブラドにパラッツォ、ミハエル皇子とカルディナ達も一緒だ。
皆との紹介も済みテーブル席へ案内しようと思っていたみやびだが、なぜか全員カウンター席へズラッと並ぶ。なにゆえ……。
「ミハエル兄さんとカルディナから、カウンターで調理を眺めるのも味だと聞いてね」
「そうそう、わしも見てみたくての」
頷き合うシリウス皇子と法王さまに、みんなが追従した形だ。ここは何をする場所だと、シリウス皇子お付きの護衛兼ワイバーン騎手が身構えている。あなたもお座りなさいなと、妙子がカウンター席の椅子を引いた。
「いや、しかし」
「ミスチアも座っておるぞよ。長旅で疲れておろう、一緒に食事を楽しむがよい」
そのミスチア、エミリーと共にいつもの升酒でとすでにオーダーしている。カルディナ姫に促され、騎手は妙子に剣を預け席についた。
「三種類のお通しで、一種類は聖職者の方でも食べられるものにしているの。お口に合うといいけど」
法王とアーネストの前に小鉢をことりと置くみやび。中身は昆布巻きで、合わせるなら日本酒だろうと升酒も一緒に置く。
「ほう、水のように澄んでおるな。ぶどう酒とどう違うのじゃ? アーネスト」
「お米から作っているのですよ、飲めば良さが分かります」
最近では聖職者もみやび亭へ出入りするようになり、アーネストは常連さんと化しつつあった。二人揃って昆布巻きを頬張り、升酒をきゅっと。
「うん、こいつはいい。この料理と良く合う」
「お気に召されたようで何よりですわ。ところで法王さま、今回のロマニア来訪は冒険が過ぎるのではありませんか?」
アーネストの問いかけに、カウンターに座る全員が聞き耳を立てた。本日のおすすめにあった、新作のフライドチキンを頬張る手が完全に止まっている。
「そなたを枢機卿に指名した時から、皇帝と覚悟は決めていたのじゃよ。誰よりも経験を積み誰よりも信仰心が厚いアーネストよ、そなたはとっくの昔に大司教となっていてもおかしくはなかった。
じゃが賛成したのはオトマール公国の大司教のみ。旧枢機卿と残り二人の大司教から猛反発をくらい実現できんかった。わしの力不足じゃ、すまぬ」
そう言って法王は、升酒をきゅっと飲んだ。どうやらこの御仁、旧枢機卿のおべっかにただ乗せられていた訳ではないらしい。
そんな法王とアーネストの前に、みやびがアスパラガスの素揚げを置いた。塩と自家製ソース、お好みでと。
「これはまたシャクシャクとして良いのう。ラングリーフィン、升酒の追加を頼む。アーネスト、今宵はもうちっと付き合ってくれんか」
「もちろんお付き合いいたしますわ。ラングリーフィン、野菜天ぷらの盛り合わせもお願い」
かしこまりーとオーダーを受けるみやびに、あれが君主ファフニールのスオンでシルバニアの領主かと、法王は立ち働く彼女の姿を眺めながら口を開く。
「明日の朝、大聖堂で戴冠式を行う。さすればアーネスト、そなたは名実共に枢機卿じゃ。反対派の大司教二人がどう出て来るか、リンドを人と認めぬ国王どもがどう出て来るか、わしと皇帝が仕掛けた一世一代の賭けじゃ」
「法王さま、その賭けに私も乗らせて頂きますわ」
そう発したのはファフニールで、カウンター席につく皆も頷いていた。帝国の大掃除がこれから始まるのだなと、フライドチキンを頬張りながら。
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