第99話 新作メイド服の配備

 南門に面した城の正門前。新作のメイド服に身を包んだ近衛隊が勢揃いし、みやびの指示を待っていた。


「近衛隊の諸君、竜化せよ!」


 みやびの号令で彼女達は一斉にファスナーを下ろし、紐パンの紐を引いて竜化した。キッチンタイマーをピッと止め、時間を計っていた香澄が四秒と告げる。

 竜達の足下に残る紐パンがシュールだけれど、満足のいく結果だった。第一種警戒態勢の正装でも、左腕をキトンの中へ入れるには八秒近くかかるから充分早い。


「みんなお疲れ、元に戻って解散!」


 しゅるしゅると人の姿に戻り、紐パンを装着するメイド達。一目で自分のだと分かるよう、それぞれ思い思いの色でリボンを複数施しているのが微笑ましい。

 香澄のパンツにリボンがあるのを発見したエアリスが発端となり、メイド達にすっかり流行っていた。今ではメイドの待機室に誰がどの色の組み合わせか一覧表が貼られていたりする。


「パンツは定期的に新調するんだけどな」


 そう言って苦笑するみやびに、宝石には全く執着を持たないのにねと麻子と香澄も破顔する。

 その宝石だが侯国の牙全てへ配布したにも関わらず、宝物庫の山脈は三分の一も減らなかった。天井に届きそうだった頂上が、頭二つ分くらい下がった程度。スペルは元修道女であった各州の知事が、勉強会を開き牙達に伝授している状況だ。


 メイド達に何か違和感や不都合がないか聞いて回っていた妙子が、ファフニールに問題ないわと報告する。


「ところでファフニール、クーリエとクーリドも欲しがっているのだけど、どうしましょう」


 本日の輸送業務を終え、少し離れたところで見学している姉妹に妙子がチラリと視線を向けた。

 妙子をお守りするため、一時的に近衛隊の配下となったクーリエ・クーリド姉妹。前枢機卿の脅威が去った今、二人の配属を沿岸守備隊に戻すべきかどうかパラッツォと話し合う必要があった。


「妙子さま、私はこのまま継続のつもりですから作ってあげて下さい」

「あらいいの?」

「沿岸の港町にも料理を教える伝道師は必要だと思うのです」


 姉妹も最近では料理の腕を上げてきている。水属性と風属性なので、合わせ技でアイスクリームもマスターしていた。

 加えてみやびが漁師に指導した、海産物の加工品も軌道に乗ってきている。彼女の港通いも当面は続くだろう。

 二人のマントは山吹色のままで、新作メイド服と紐パンの支給をファフニールはその場で即決していた。ただし紋章は守備隊のアンク取っ手付き十字架でねと。


 そんなファフニールと妙子の側で、調理科三人組が昼と夜のメニューで意見交換を始めていた。

 姉妹が運んだ魚介類とカエラが運んだ各種肉類で、献立を考える恒例の作戦会議。三人とも将来は調理師だけでなく栄養士の資格も取得するつもりなので、栄養バランスにも気を遣う。


「二枚貝がいっぱい入荷したから、昼はボンゴレビアンコなんてどうかしら」


 香澄の提案に麻子がいいねと同意を示し、ならトマト味のボンゴレロッソと二種類でどうかしらとみやびが人差し指を立てた。

 主にアサリを使ったオイル系のスパゲッティで、どちらも二枚貝の旨みを存分に引き出す美味しいパスタ。

 ならばサラダはシーザーサラダとポテトサラダの混合はどうかしらと、瞳を輝かせる麻子。シーザーサラダはもちろん半熟卵入りよねと問う香澄に、あったり前じゃんと麻子が返す。

 そうなると枝豆の冷製スープが合いそうだわとみやびが追いかけ、三人がこんな調子で栄養価を考えた献立に話しを弾ませる。

 お付きの四人が顔を見合わせ頷き合っていた。初めて作る料理は自分たちのレパートリーを広げるチャンスであり、当然気合いが入るというもの。






 ところ変わってこちらはと畜場の入り口。

 門番として周囲に目を光らせる彼の名はオービス。いつも可愛がってくれた、肉を運ぶ荷馬車の御者が最近亡くなった。当然ながら警戒心は強くなる。嗅覚の鋭い彼は、近付いてくる者に悪意があるか嗅ぎ分けることができた。

 最近では明らかに異世界の住人と分かる女子三名が出入りしたりするが、悪意は感じられないし竜族特有の波動を持つのでお通しする。


 それにしてもと、オービスはと畜場の奥へ視線を向けた。ここで働けば食べ物に困らないが、自分と同じ立ち位置の仲間が増えた。

 意思の疎通が出来ないので仲間と呼んでいいのか分からないが、トサカを持たない代わりに長い尻尾を持つでっかい鶏。


 そのワイバーンの側で、カエラとカイル君が魔力弾を放っていた。椰子の実を的にした練習である。

 ワイバーン使いにも護身用として、君主が宝石を貸し与えたと聞く。宝石商のせがれは自前らしいが、スペルを覚えてからは宝石に一定量の魔力が貯まると練度を上げるのに余念がない。

 牙ではないから訓練場は使えず、広い敷地で練習できる教会の子供達みたいな環境も無いので、宝石商のせがれはと畜場に通っていた。 


「カエラさん、今の衝撃波は? 椰子の実に小さい穴を開けましたよね」

「吹っ飛ばすんじゃなくて、一点集中の貫通攻撃を意識したの。そう言うカイル君だって椰子の実を十文字切りじゃない、さすが風属性ね」

「いえ、まだです。プレートメイルを切り割くくらいまで練度を上げないと」


 オービスは、そんな二人に目を細めた。人間というものは、縁に触れ良くも悪くも変わる。良くあろうと上を向いて歩む者には、必ず精霊の加護が降り注ぐ。現にオービスの目には、地属性と風属性のまばゆいオーラが見えているのだから。


「オービス、おいで!」


 主のカエラに呼ばれ、オービスはつい尻尾を振って駆け寄る。拾われた時はカエラの手のひらに乗るほど小さかったが、今では子牛ほどの立派な大型犬。


 カエラが椰子の実から果汁と果肉を集めて瓶に入れ、よろしくとカイル君に渡す。任せてと、彼は風の力で瓶の中身を攪拌した。そうして出来上がったのはココナッツミルク。


「僕は椰子の実って、穴を開けて果汁を飲むものだと思ってました。果肉にこんな使い道があったんですね」

「私もラングリーフィンが作ったのを見た時は驚いたわ。はいオービス、ワイちゃん」


 カイル君とグラスで飲みつつ、カエラが深皿に入れたココナッツミルクを家族同然の二頭に勧める。やはり美味しいのか、どちらも夢中になって味わう姿がなんとも微笑ましい。


「ねえカエラさん、オービスは狼の血が混じってるんじゃない?」

「そうかもね、この毛並みだし」


 カエラは白銀の毛をまとうオービスの首をわしゃわしゃ撫で回した。だが彼にとって、血統などはどうでも良かった。生まれて目が開いた時には木箱に入れられ、市場に捨てられていたのだから。

 彼にとってカエラは育ての母、ワイバーンは義兄弟、副ギルド長は親分、それ以上でもそれ以下でもなかった。

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