第98話 新作メイド服の採用会議

 みやび達はエビデンス城に戻り、予定されていた御前会議を開催した。新作メイド服を採用するかどうかの会議である。

 それに先だってボルド国の情勢を探っていたサイモンが、報告をと発言の許可を求めた。どうも向こうでは良からぬ事が起こっているらしく、表情は硬い。


「ボルド王は絵踏みをやっているそうです」

「絵踏みとは?」


 尋ねるブラドに、許せない行為ですとサイモンは眉間に皺を寄せた。日本でも江戸時代に行われていた宗教弾圧で、キリストや聖母マリアが描かれた絵を踏ませ、キリスト教信者か判別するというもの。


「聖堂で祀られている聖獣の絵を騎士や兵士、雇った傭兵に踏みつけるよう命じているとか」

「拒否した者はどうなる」


 重ねて尋ねるブラドに、絵踏みに応じるまで牢獄行きですとサイモンは唇を噛んだ。何と愚かなことじゃと、パラッツォが額に手をやった。


「精霊の加護によってこの世界は生まれ命を育んできた。それを否定したら加護を失い祈りが通じなくなるじゃろうに、宝石に魔力充填できないなどという単純な話しではないぞ」


 その通りですわと、話しに耳を傾けていたアーネストが口を開いた。言い換えるならば精霊を信じない外道に堕ちるわけで、一度墜ちたら救済は難しいと。


「ボルド国の正教会は黙認なのでしょうか」


 本来ならば黙っていないはずとファフニールが問う。けれどサイモンは、残念ながらと首を横に振った。


「粛正された枢機卿領の司教や司祭と同様、向こうの正教会も腐っております。彼らが欲しているのは精霊の加護ではなく、帝国を意のままに操れる権力なのでしょう。

 魔力充填は民から吸い上げれば良いと楽観しているらしく、戦場に立つ者への踏み絵は見て見ぬふりだとか」


 そもそもこれは、聖獣を従えるみやび対策なのだとサイモンは付け加えた。男爵の手勢のように、戦う前から白旗を上げる信仰心の厚い者は要らぬと。


「笑止! モスマン帝国ならいざ知らず、リンド族と一度も戦った事の無い者どもが精霊の加護を捨ててどうする」

「仰る通りですモルドバ卿。私が言うのも何ですがボルド王は井の中の蛙、リンドと剣を交える事がどういうことか分かっていないようです」


 パラッツォが呆れを通り越した面持ちでハーブティーをすすり、皆も顔を見合わせた。ボルド王はリンドの戦いをまるで知らないうつけ者ではと。


「ご苦労でしたサイモン、今後もボルド国の動向には目を光らせて下さい」


 ファフニールがねぎらい、サイモンはお任せ下さいと席を立った。そこへローレルが、木箱を差し出す。


「これは?」

「ご家族で食べて欲しいと、ラングリーフィンからのお気持ちなのですぅ」


 お気遣いありがとうございますと礼を言い、サイモンは退出していった。さあ、ここからは新作メイド服の採用を決める会議だ。


 みやびの目線に応じ、お付きの四人が皿を並べていく。それはよもぎで作った草餅で、中には漉し餡が入っている。サイモンに渡した木箱の中身もこれ。


「みやび殿、この紐パンという付帯装備にはどんな効果があるのじゃ?」


 草餅を頬張りながら、パラッツォが資料に視線を落とす。ブラドもそこが気になったようで、物理か魔力に耐性でもあるのかと聞いてきた。


「ううん、それは女性の貞操を精神的に守る装備よ」

「貞操じゃと?」


 首を捻るブラドとパラッツォに、麻子がハイハイと手を上げた。何を言い出すのだろうかと、みやびと香澄がちょっと焦る。


「パンチラという、男性の視線を釘付けにする魅了効果があります!」


 なに言ってるこのオヤジはと、おっかない顔で麻子を睨む香澄。お腹がよじれるほど可笑しいのを必至に耐えるみやび。


「ほう、チャーム魅了の特殊効果があるのか。なら採用じゃなブラド」

「そうだな。一着当たり銅貨十枚もしないのであれば、気にする程のことでもない」


 こうして晴れて、新作メイド服は第一種警戒態勢の準装備に採用された。紐パンという付帯装備と共に。


 ――そして夜のみやび亭。


「ラングリーフィン、この料理は美味すぎる。ご飯をくれぬか」

「気に入ったみたいね、カルディナ姫。はいご飯」


 姫君が気に入ったのはシイタケの含め煮で、みやびのお祖母ちゃんがよく作ってくれた田舎料理。

 物心が付いた頃の小さい子供でも好んで食べる、優しい味と甘さ。大人向けには鷹の爪さや唐辛子を入れて煮込むバージョンもみやびのレシピにはある。


 夢中で頬張るカルディナ姫の頬が緩んでいた。ミスチアとエミリーも、確かにご飯や日本酒が欲しくなる味ですねと升酒をきゅっと。この二人、いつの間に日本酒党になったのやら。


「作り方は難しいのかや? ラングリーフィン」

「この前キリア知事に出したネギのお通しみたいに簡単よ」

「ぜひ教えてたもれ」


 箸を置いたカルディナ姫がカウンターの中へ入って来た。好みの料理が簡単に作れる場合、彼女はレシピを学ぼうと貪欲になる。最近こういうケースが増えて来た。

 始まりましたねとエミリーが目を細め、三日坊主どころか本職になりそうですわとミスチアが苦笑する。


 生しいたけ:八個前後

 水:300cc

 しょうゆ:大さじ二

 酒:大さじ二

 みりん:大さじ二

 砂糖:大さじ二

 ※大人の味でピリ辛にしたいなら鷹の爪(さや唐辛子)一本。

 

 煮物には干しシイタケを使うのが王道だが、戻すのに時間がかかるため時短なら生を使うのがみやび流。


 シイタケの軸を根元から切り、傘に十字の切れ目を入れる。ちなみに軸も美味しいので、先端の固い石づきを切り落として一緒に煮込むのもアリ。

 材料を全て鍋に入れ、煮汁が三分の一程度に減るまで強火で煮込むだけ。老若男女ほぼ全てに受け入れられる田舎の優しい味の出来上がり。

 冷めても美味しいので冷蔵庫の常備菜として。お弁当の隙間を埋める手頃なおかずとしても活躍する便利な一品。


「ふむふむ、調味料は基本の一対一対一対一なのじゃな」

「そうよ、砂糖を入れた煮物を強火で調理すると、ちょっと目を離した隙に焦げ付いちゃうの。そこだけは注意してね」

「よう分かった。どれ、妾もやってみよう」


 カルディナ姫謹製の、シイタケの含め煮がカウンター隅に居座る男性陣に振る舞われることとなる。

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