第97話 時間合わせの小旅行(2)

「みや坊、これは乗り物なの?」

「まあ馬車みたいなものよ、ファニー」

「ならばフォルツァ君で引っ張るわけね」

「違う違う、自力走行よ」


 ハイエースの前に佇むリンド組。レアムールとエアリスが魔力探知を始めそうだったので、さあ乗った乗ったとみやびが急かした。


 そのレアムールとエアリスが、目まぐるしく変化する異世界の光景に付いていけず呆けていた。特に踏み切り待ちで目の前を通り過ぎる電車に、あんな細長い魔獣が生息しているのですかと。

 そんな発想もあるのねと、麻子と香澄が大笑いしている。辰江さんも来た頃はそんな感じでしたねと佐伯も笑い、お店の契約駐車場にハイエースを滑り込ませた。


「それじゃ帰りもよろしくね、佐伯さん」

「ええ、では二十時に」


 佐伯はクラクションを一発軽く鳴らし、元来た道を戻って行った。

 制服姿の調理科三人組と、Yシャツワンピのファフニール。そして新作メイド服のレアムールとエアリスが大川通り商店街のアーチをくぐる。


 新作メイド服は、エプロンとカチューシャを外せば普通に可愛い黒の膝丈ワンピ。髪の色はアレだがここの買い物客は相変わらず好意的で、美人さんねと振り返る人が多い。

 そんな雑踏の中、ファフニールがみやびの袖をついついと引っ張った。今日も寄って行くのよねと。


「もっちろん! なに食べようかな」

「ねえみや坊、またあそこの串焼き屋さんに行きたいのだけれど」


 よっぽど気に入ったのねと言いつつも、みやびも乗り気。麻子と香澄もいいねいいねと手を叩いた。

 いらっしゃいの後に、今日は昨日より人数が多いねとおじさんが笑う。ここは私がと、ファフニールがバイト代の残りで奢ってくれた。彼女もみやびと同じく、日本円を持っていても使い道が無いのである。 


「ええと……、わん・さうざんど・ふぉあ・はんどれっど・あんど・ふぉーてぃー?」

「日本語で構わないわよ、一千四百四十円ね」

「おおぅ、日本語の発音が流暢だねお嬢ちゃん。はいお釣り」


 ファフニールがラテーン語でみやびと話していたため、日本語が通じないかもと学生時代を思い出しながら必死だったおじさん。けれど彼女の発音にいたく感心したようで、おじさんは鶏皮を三本オマケしてくれた。

 

 みやび組はファフニールの希望で前回と同じ、ネギマとつくね。麻子組はネギマとレバー。香澄組はネギマと砂肝。

 塩かタレかの違いはあってもみんなネギマは外さないのねと、調理科三人組が笑い合い神社に向かう。


「みんなにね、話しておきたい事があるの。聞いてくれる?」


 ファフニールと一本の鶏皮を分け合いながら、みやびが麻子組と香澄組に相談を持ちかけていた。


「何かあったの? みや坊」

「ふっふっふ、夜の悩み事相談かね? ほれほれ言ったんさい」


 香澄がオヤジは黙れと顔の前で拳を握ると、麻子めレアムールの後ろに隠れおった。中等部時代からこんな感じだから、みやびとしても今更ではあるが。


「もしかしたら見学じゃなくて、応援を頼まれるかもしれないの」

「人手不足なの?」


 香澄に尋ねられ、葬儀と盲腸で板前が二名欠けていると説明するみやび。それは大変ねと、麻子と香澄が頷き合う。


「みや坊の紹介で仕出し弁当の時とか、臨時で何度もバイトしてるから構わないわよ。ねえ麻子」


 その通りと、レアムールの背中から顔だけ出してレバー串を頬張る麻子。これなら安泰だと、みやびはホッと胸を撫で下ろす。


「ところで盲腸って、今はお薬で散らすもんじゃないの?」


 そう言って砂肝を頬張る香澄に、そうだよねと麻子もレアムールの背中から出てきて同意を示す。

 実はギリギリまで我慢し続け、結局は病院へ救急搬送されたのよとみやびが眉を八の字にした。お互い気をつけようねと頷き合う、調理科三人組である。


「おはようございまーす!」


 夕方でも出勤時の挨拶はおはようございます。業界によってはこれが通例で、シフトに入っているみやびが元気に勝手口から調理場へ入る。前回お疲れ様ですと言って入ったのは、シフト日ではなかったから。


 そんなみやびに、女将さんと板前達がすがるような視線を向けた。昨日手伝ってくれたファフニールと、顔なじみである麻子と香澄に天の助けと言わんばかりだ。


「女将さん、慎二さんの姿が見えないけど……もしかして状況が悪化してる?」

「スクーターでコケちゃって、鎖骨にヒビが入ったらしいの。しばらく包丁は持てないみたいね」

「あの、お座敷の予約状況は……」

「全部埋まっているわ」


 今日は金曜日、飛び込みの一般客でテーブル席もすごいことになるだろう。危機的状況である。


「みやび、そちらの緑さんと牛乳さんも包丁握れるのか?」

「もちろんよ華板、みんな私とお料理する仲間なの」


 緑はレアムール、牛乳さんはエアリス。名前を知らないから変に形容した華板に、みやびは二人を紹介した。

 耽美女子学園は外国人留学生に広く門戸を開けているのねと、女将さんが勝手に思い込む。まあそこは、軽く流しておく調理科三人組。


「みやび、仕込み頼んでもいいか」

「お任せあれ!」


 全員が髪をまとめて板前帽子を被り、お店の制服に袖を通す。みやびは予約客に本日お出しする料理の一覧に目を通し、作業を振り分けていった。


 割烹かわせみで言うところの仕込みとは、魚や野菜をすぐ調理できる状態にまで下処理しておくことを指す。

 料理の都度ニンジンの皮をむいていたら追いつかないので、予め必要量を切り置きしてすぐ使えるようにする訳だ。

 ニンジンだけでも輪切り・半月切り・いちょう切り・乱切り・短冊切り・細切り・千切り・みじん切りと、作る料理に合わせてこれだけの切り方がある。


 板場のあちこちから聞こえてくるリズミカルな包丁の音に、華板の立花がほうと漏らした。基礎は出来ているし手際も良いなと。

 その基礎を最初にメイド達へ教えたみやびが、自分が褒められたようでちょっぴり嬉しくなっていた。


 思いの他早く終わり、板前や仲居さんのまかないまで作ったみやび達。女将さんから茶封筒を受け取ったレアムールとエアリスが、頭にはてなマークを浮かべている。


「それではお先に上がります。みなさんお達者で、骨は拾ってあげましょう」


 みやびがいつも放つ愛のこもった毒舌に、うるせえと笑う華板。他の板前達と女将も思わず吹き出している。

 だが彼女達が作ったそれぞれのまかないを味見して、華板の立花がふうんと笑みを見せ、女将も目を細めた。

 

 麻子組が手がけた八宝菜。

 みやび組が手がけたかやくご飯とハモ吸い。

 香澄組が手がけたがんもの含め煮とほうれんそうの白和え。


「まかないにも一汁三菜とはね、みやびらしい。だが悪くねえな、どれもいい味だ」

「そうね。あの子達は将来、どんな料理人になるのかしら」


 女将は板前と仲居に交代でまかないを食べるよう指示を出し、立花は包丁を握り直し作業に没頭していった。暖簾を下げる閉店時間まで、ここからが板前達の正念場だった。  


 ――その夜。

 布団を並べたその上に立ち、調理科三人組とリンド三人組が対峙していた。手に持つのは枕。枕と言えばアレしかあるまい。


「ねえみや坊、枕をぶつけ合うことにどんな意味が?」

「やってみれば分かるって、意外と楽しいのよファニー」


 半信半疑だったリンド組が、やってるうちに本気を出してきた。小さい頃遊びに夢中となり没頭した記憶が蘇る。

 枕投げという夜間の疑似戦闘は、そんな幼少時代を思い出させてくれる不思議な力があるのかも知れない。

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