第102話 国境守備隊からの報告

 貴賓室でアーネストからフォークの使い方を教わりつつ、法王がこれは美味いとナポリタンを頬張っていた。もちろんファフニールとブラドにパラッツォ、皇位継承者の三兄妹も夢中でフォークを動かしている。


 パスタもミネストローネも冷めないよう火属性の力で保温しながら、お代りに応じてクルクルと立ち働くティーナとローレルをみやびは眺めていた。

 普通パスタは百グラムが一人前だが、みんな既に三百グラムは胃に収まっているはず。この世界の住人は本当によく食べるし、作り甲斐があると微笑む。


「朝食も美味かったがこれは格別、美味すぎる。ところでフュルスティン・ファフニールや」

「ダメですみやびは選帝侯です」


 法王が何を言い出すか予測していたファフニールが、先回りして却下という名の音声攻撃を放つ。確かランハルト公にも同じ事を言ったなと思い出しながら。


「むおお、そうであった」


 フォークを握り締めて悔しがる法王さま。

 聖職者の食事は単に栄養補給で、野菜や果実に木の実をただ口にするだけ。そんな無味乾燥とも言える食事を、みやびの料理は根底からひっくり返してしまった。

 精進料理を土台とした和洋中華のベジタリアン向けレシピが、みやびの中には数え切れないほど詰まっている。法王が欲しがるのも無理はない。

 

「ラングリーフィンのお弟子さんが、枢機卿領のナザレで腕を振るっておりますわよ」

「それはまことか!」


 アーネストの助け船に、輪番制で子供達を法王領へ派遣する話しがすぐにまとまった。実際に帝国城で腕前を知るシリウス皇子が、その実力に太鼓判を押したのも大きかった。もっとも派遣が実現するのは、帝国の大掃除が終わってからの話だが。


 そこへ会食中に申し訳ございませんと、北門の守備隊員に付き添われたリンドが入室した。ビブスの縁取りが若草色ならば、シルバニア方伯領の国境守備隊員でみやび直属の配下と分かる。


 風属性の彼女はみやびに一礼し、耳元でささやき報告事項を告げる。その内容に頷きながら、みやびの目が徐々に細くなった。


「みやび殿、シルバニア領で何かあったのか?」


 野菜スティックからセロリをつまみ、インド式ドレッシングに浸けながらみやびに単眼を向けるパラッツォ。ファフニールとブラドも、動かしていた手を止めた。


「ボルド国の商隊が、ロマニアへの入国申請をしてきたそうよ。人数は百名規模、積み荷は特産であるシルクの反物らしいわ」


 その場に居る誰もが顔を見合わせた。

 帝国内に於いて他国の商隊が国境を越え商売をするのは自由だ。だが金銀財宝ならいざ知らず、反物に百名態勢は不自然極まりない。そこまで人夫や護衛を付けたら人件費がかさみ、利益など出ないだろう。


「あとこれは知事であるルーシアの所見だけど、商隊の代表者はどう見ても商人の顔じゃないそうよ。おそらく傭兵じゃないかって」


 来たみたいねと口角を上げるみやびに、釣り針に掛かったかとパラッツォがセロリを頬張った。


 狙われるのは選帝侯会議を主催する法王と、人とは認めたくない新生枢機卿のアーネスト。そしてミハエル皇子とカルディナ姫に、選帝侯であるファフニール・みやび・ブラド・パラッツォだろう。


 皇帝やその親戚筋であるランハルト公と正面から敵対すれば廃国は免れず、秘密裏に暗殺を企てるであろうことは予測の範囲であった。


「みや坊、どうするつもり?」

「もちろんロマニア侯国へようこそウェルカムよ、付かず離れずの牙による監視を付けてね。あとファニー、私としてはカエラの協力が欲しいかな」

「カエラを?」


 商隊へ注意を逸らし、別働隊がロマニアに不法入国している可能性をみやびは指摘した。国境と言っても壁や鉄条網があるわけではなく、牙による巡視の目を掻い潜り侵入しているかもしれないと。


「上空からの索敵なら、国境守備隊のリンドに任せればよいのでは?」

「ブラド、竜化したリンドが索敵で飛び続けたら牛が何頭必要になるのかしら」


 みやびの言う通りだとパラッツォが頷き、ティーナとローレルも相槌を打つ。腹ペコで索敵どころではなくなると。報告に来た国境守備隊員のお腹もぐぅと鳴る。


 ゴンドラに肉を積んだ状態ならワイバーンは飛びながらエサにありつける訳で、カエラは適任なのだ。燃費の良さならワイちゃんの方が数段上、と言うか竜化したリンドは燃費が悪すぎ。


「ダイニングルームでお昼ご飯食べて行ってね、あとこれはクスカー城に戻ったら食べて」


 ナポリタンをぎゅうぎゅうに詰めた木箱を、みやびは報告に来た国境守備隊員に手渡した。身内に対するこの気遣いが、みやびらしいっちゃみやびらしい。隊員が木箱を受け取り感激していた。 


 ――ファフニールの執務室。


「また出張手当が頂けるのですね!」

「だから特務手当に危険手当だと何度言えば……、もういいわ」


 ファフニールは何かを諦めたように、銀貨の入った革袋をカエラの前に置く。そしてカエラの隣に立つカイル君に目線を移した。どうして君がと。


「リバイアサン祭りで港は休漁なんです、僕にもお手伝いさせて下さい」


 漁師達にとってリバイアサンは海の守護精霊とされており、豊漁と安全を祈願するお祭りがこの時期五日間に渡って開催される。当然ながら魚市場もその間は休業となるわけで。


「サイモンとエルザは反対しなかったの?」

「母上は心配してたけど、父上は許可してくれました。男の子には旅と冒険が必要だって」


 それを聞いてファフニールは苦笑しながら、みやびと視線を交わす。言葉ではなく心の深い所で淡い色の泡立ちを感じ合い、任せてみようと頷き合う。


「カイル君への手当も用意しましょう。目的はボルド国の刺客がシルバニア領へ侵入していないか、空から索敵することよ。くれぐれも危険を感じたら離脱すること、二人とも分かったわね」


 君主からのご下命に、カエラとカイル君がお任せ下さいと背筋を伸ばして応じた。

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