第84話 灌漑工事の起工式

 ここはクアラン国と国境を接する、水の都ラグーン。水量が豊富なオルト河を有する都市で、麻子ペアはラグーンを含むマイア州の領主となっていた。


 ちなみに香澄ペアはオトマール公国と国境を接するミズル州の領主となり、これで書類仕事が減るとファフニールがほくそ笑んだのはナイショ。


 ヨハンペアと同じく州の領主となったことから伯爵位を与えられ、男性のヨハンはグラーフ、ペアの女性達はグラーフィンの敬称が付く。


 話しを戻すがオルト河からクアラン国の乾燥地帯に支流を通し、乾いた荒れ地を数十万人の胃袋を満たす穀倉地帯に変える、総延長三十キロの大事業だ。


 ラグーンへようこそと出迎えた市長が、近衛隊によって次々設営されていくテントの数に目を丸くしていた。灌漑工事の起工式になぜこれだけのテントをと。

 何のことはない。みやびが空の下でバーベキューをしたかっただけの話しで、それに麻子と香澄がいいねいいねと便乗しちゃったわけだ。

 テントも調理するための石台も、そして食材や調味料も、みやびが自前倉庫の亜空間に放り込んでラグーンに持ち込んだ次第である。


「息災でしたか? ラグーン市長」

「お懐かしゅうございます、フュルスティン・ファフニール。しかしこのテントはいったい……」

「ああ、お祭りと思って下さい。工事に参加する市民も歓迎しますわ」


 ファフニールの説明に、目をぱちくりさせるラグーン市長。起工式に招待されたランハルト公とクアラン王も首を捻る。

 オルト河の上流はオトマール公国になるため、君主であるファフニールが筋を通してランハルト公もご招待したのだ。


 そこへ香ばしい匂いが漂ってきた。肉と魚介類と野菜を焼く匂いに、ちゃっかり上海風塩焼きそばを焼く麻子と、カリーブルストを作り始めた香澄の匂いも混じる。


 カリーブルストとは表面をカリカリに焼いた腸詰めに、ケチャップやソースをかけて更にカレー粉を振ったもの。ドイツ人にとってはソウルフードで、ベルリンに行くと屋台でよくお見かけする。


「では起工式を始めます!」


 みやびの宣言でスタート地点であるオルト河の畔に立ち、ファフニール・クアラン王・ランハルト公がテープカットを行った。


 関係者の拍手が鳴る中、一番バッターはレアムール。大地を削れと全力の衝撃波を放ち、水路となる溝を地面に刻む。二番バッターのローレルがえーいと放ち、更に掘り進める。まるで人間ブルドーザー。


 竜化して物理で掘っても良いのだが、それだとリンド一人当たり四頭の牛が必要になるほど空腹になる。なのでその案はファフニールが却下。

 今後は輪番制で地属性のリンドが掘り進め、市民やクアラン国の民が護岸工事を行う手筈になっている。


「やはりリンド族は頼もしいですな、ランハルト公」

「そうじゃな、クアラン王。長い歴史の中に於いて、山火事や水害で何度も助けられた。その恩に、我らはいつか報わねばなるまい」


 そんな貴賓席のランハルト公とクアラン王にバーベキューを運んだティーナが、釈然としない顔でテントに戻ってきた。


「どうしちゃったのよティーナ、スケベ……もといランハルト公に何かされた?」

「違うのですラングリーフィン、何もされないのが腑に落ちなくて。私って魅力ないのでしょうか」


 おやまあと、みやびはもちろん麻子と香澄も目を丸くする。そういうお年頃になったのねと。

 実はランハルト公、ああ見えても十七歳を迎えた成人リンドよりも若く見える子には手を出さない主義で、ティーナも成人すればもちろん標的になる。レベッカはたまたま発育が良かっただけ。


「ティーナとローレルは美人さんよ、私が保証する」


 そう言って頭を撫でるみやびに、ティーナがそうでしょうかと頬を膨らませている。けれど実際に市場では、きっと見目麗しい女性になると評判の人気者。お喋りだけど。


「どれ、私もやってみようかな」


 溝に立ち、目の前にある土の壁と対峙するみやび。野球のピッチャーよろしく左足を上げ、その投球モーションから削れと念じて右腕を振り下ろす。

 その衝撃に工事では障害となる岩盤までも打ち砕き、水路となる溝がずっと遠くまで伸びていた。

 護岸工事が追いつかないと、参加していたラグーン市民の職人達が目を点にする。ランハルト公とクアラン王も、バーベキューの鉄串を落とすほど呆けていた。


「ランハルト公、あの御仁は絶対敵に回してはならぬ相手でございますな」

「奇遇じゃな。わしも今、そう思っていたところじゃ」


 皆からの視線を一斉に集めながらも、みやびは人差し指を顎に当てて空を見ていた。そんな彼女がうんと頷き、レアムールとエアリスに手招きをする。


「どうかされましたか? ラングリーフィン」


 なぜ風属性の自分が呼ばれたのだろうかと、エアリスが首を捻る。そんな彼女にみやびはニンマリ笑った。


「今のは地属性と風属性の合わせ技だと思うのよ。二人で試してくれない? 掘り進む方向は地属性側にあるから、コントロールはレアムールね」


 趣旨を理解した二人がみやびの投球モーションを何故か真似て、風と地の魔力弾を放つ。それは予想通りで、地属性単独よりも合わせ技による破壊力が確認された。


「ファニー、輪番制は風属性とペアで組み直しね」

「そうね、でもこれなら工期は一ヶ月程度で済みそう。それにしても合わせ技、今まで考えたこともなかったわ」


 全ての属性を扱えるみやびだからこそ気付いた、属性を組み合わせるという概念。亜空間で開いたゲートも、光属性と闇属性の合わせ技だったりする。二人の目的意識がはっきりしていれば、効果絶大ねとみやびが人差し指を立てた。


 その後は工事に参加したラグーン市民も交えてのバーベキューパーティー。首都ビュカレストからお料理の噂は聞き及んでいたけれど、口にするのは初めて。

 塩胡椒味や醤油味のバーベキューはもちろん、麻子チームの塩焼きそばや香澄チームのカリーブルストにも長蛇の列ができていた。

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