第83話 みやび亭本店
翌日にクララとジェラルド一行と、それぞれに随行する第一陣の子らをみやびは見送っていた。ワイバーンがミスチアの一頭だけになり、ホッと胸を撫で下ろす西門の面々。
さてお昼は何にしましょうかと、同じく見送っていた麻子と香澄が顔を見合わせている。朝は焼き魚定食にしたので、お魚以外にしたいねと。
「私ね、なんだか肉野菜炒めが食べたい気分なんだ」
みやびが言うと、いいねいいねと二人も頷く。ところがどっこい、そこから話しがややこしくなる。
みやびが作るのはオーソドックスな豚肉の醤油味。
麻子が作るのは鶏肉とオイスターソースの中華味。
香澄が作るのは牛肉にブイヨンと塩胡椒の洋風味。
普段から家で作っている肉野菜炒めがこうも違うと、使う野菜は同じでも風味は三者三様。それは無いでしょうとベクトルの違う異口同音、話しがまとまらない。
「じゃあ三種類作ろっか」
みやびが折衝案を出し、ようやく軟着陸するわけだ。確か前にも似たような事があった気が。これは本日の昼食、肉野菜炒めがお代り自由となるのは不可避であろう。
副菜として麻子チームが甘酢あんかけの肉団子、みやびチームが里芋の煮っ転がしを。香澄チームはデザートをフルーツヨーグルトにすることで話しがまとまり、調理場へ仕込みに向かうわけだ。
――その夜。
妙子が調子に乗って作った
“まかないと裏メニューの存在を守備隊に漏らした犯人がいる”
まあブラドとパラッツォが口を滑らせちゃった訳だが、守備隊と牙からの猛抗議を受け、二人がみやびに頼み込んだと言えば分かりやすいだろうか。
平たく言えば、まかないを食べるメイド達に混じり、勤務を終えた守備隊と牙達のお食事処を兼ねる居酒屋が調理場に開店したというオチ。
侯国の客人は無料だが一般は有料。それでも学食や企業の社員食堂並みに、価格は安く抑えてある。
急遽設置されたカウンター席に座り、カルディナ姫が眉を八の字にしていた。目の前には大きなボウルが三つあり、それぞれ違った料理が盛られている。
「むう、どれを選べば良いのじゃ。酷いではないかラングリーフィン」
「日替わりのお通しだからねー、どれか一品なのよ」
みやびが手がけた筑前煮、麻子謹製エビのチリソース煮、そして香澄謹製のジャーマンポテト。うああと頭を抱えるカルディナ姫に、すかさずエミリーが助け船を出した。
「ミスチアさまと別々に頼み、三人でシェアするのはどうでしょう」
「おう、それは良い考えじゃ! 異論は無いなミスチアよ」
もちろんですと同意するミスチア。色んな種類をちょっとずついっぱいが大好きな女子三人組が、こういう場面で見事に意気投合する。
そんなカウンター席の端っこでは、ブラドとパラッツォが黄昏れていた。ファフニールから雷を落とされたからで、それは物理と精神の同時攻撃。
「あんなファフニールは初めて見たのう……」
「我が妹を恐ろしいと思ったのは、初めてかもしれない……」
一言の相談も無く調理場を食事処としたことに、ファフニールは激怒を通り越し鬼と化したようだ。私のみや坊に何をやらせてくれちゃってるのかしらと。
こういうことになったと事後報告に訪れた二人だが、彼女の執務室が氷雪の舞う極寒の地に豹変したのは言うまでもない。
みやびをスオンとしてから魔力が増大しており、パラッツォの室温コントロールがまるで追い付かなかったのだ。
「そんなにしょぼくれてないで、はいお待ちどうさま」
荒ぶるファフニールを
「すまんのう、みやび殿。わしらが迂闊であった」
「いいのいいの、これもお料理を世に広める一助になると私は思ったの。だから引き受けたのよ、二人とも元気出して」
みやびの言葉に救われたパラッツォがエビチリを頬張り熱燗をキュッと、同じく筑前煮を頬張るブラドも熱燗をキュッと。
「裏メニューすぐ食べる? それともお酒の後にする?」
「ふぉっふぉっふぉ、わしらは飲みながら食いながらじゃ。なあブラド」
「そうだな、夕食メニューからの変化球、見てみたい」
二人の要望に応じてみやびが出したのは天丼。牙のリクエスト上位には入らなかったが、根強い人気を誇る天ぷら定食を天丼にしたのだ。
「みやび、このタレは定食とちがうのでは?」
ブラドの問いに、当たりと人差し指を立てるみやび。甘辛いタレに天ぷらをどぶ付けして丼のご飯に並べていく、学園の学食で提供される天丼を応用した一品。
小エビのかき揚げとカボチャ天にナス天、エビ天とキス天が表面を覆いご飯が見えない。どれかを持ち上げればタレを吸ったご飯が姿を現し、米粒がさあ食えと言わんばかりに自己主張するから堪らない。
・鰹節の一番だし(三人前で大さじ二)
・醤油(大さじ五)
・みりん(大さじ五)
・砂糖(大さじ二)
これに輪切り唐辛子を少量入れてクツクツ煮込むのがみやび流。このタレだけでもご飯がイケル、それはまるで悪魔のささやき。そこにイワシのつみれ汁とタクアンが添えられる。
「これは美味いのう。ラングリーフィン、後で妾にタレのレシピを教えてたもれ」
カルディナ姫、小エビのかき揚げにニンジンが含まれていることなどもはや気にしない。トッピングがいっぱいで幸せとエミリーが頬張り、つみれ汁をすすったミスチアがホッと息を吐く。
片や調理場の奥ではテーブル席についたレベッカに、牙の代表が紙を差し出していた。それはあみだくじで、目を通すレベッカの横からヨハンも覗き込む。
「不満は出なかったか?」
「出るに決まっているでしょう隊長、だからあみだくじにしたのです」
尋ねたレベッカに、牙のシフト管理を任されているレイラがタクアンを頬張った。牙にはもちろん女性メンバーもおり、レイラは人事を担当している。
九時から十七時までの日勤シフトは、昼食と夕食にありつける。十七時から一時までの中番シフトは夕食のみで、一時から九時までの深夜シフトは朝食のみ。
必然ではあるが日勤シフトに人気が集まるわけで、そこにみやび亭本店が営業を開始すれば日勤シフトを希望する牙が集中するのは
今週のシフトであーだこーだうるさい牙のメンバー達を、あみだくじでねじ伏せたレイラがため息をつく。
「言ってはならぬことですが、正直ビュカレスト卿とモルドバ卿を恨みます」
確かになとレベッカがカラカラ笑い、ヨハンがどうぞとぶどう酒のデキャンタをレイラに向ける。
グレーン州の領主に酌をしてもらうなど恐れ多いとレイラは慌てたが、お気持ちはよく分かりますよと、ヨハンは杯を持って下さいと促す。
そこへ、ようやく書類仕事をやっつけたファフニールが調理場に姿を現した。ブラドとパラッツォに半眼を向けながら、彼女はカウンターに座った。
「ファニーも天丼食べるでしょ、それと試食して欲しいのがあるんだ」
「何かしら?」
みやびはムフフと笑い、麻子から受け取った皿をぶどう酒と一緒にファフニールの前へ置く。それは鶏のなんこつ揚げ。
捨てるのはもったいないと、麻子と香澄がカエラにお願いして運んでもらい試作中であった。
「ラングリーフィン、それは何じゃ」
「みやび殿、わしらには無いのか?」
「みやび、それが何か説明を要求する」
カウンター席が騒然となり、釣られてテーブル席の近衛隊や守備隊はもちろん、牙たちも集まって来る始末。調理科三人組は頭に手をやり、みんなも食べる? と苦笑いしていた。
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