第79話 ちょっとした郷土料理

 麻子と香澄、明日あたり起きるかな。

 そんな事を考えながら、みやびはフライパンを握っていた。炒めているのはナスりと呼ばれる郷土料理。

 甘味噌を使った焼きおにぎりを教えてくれた、東北出身の板前さんがよく作っていた簡単料理のひとつ。


 板前さんはナス炒りをナスいれと呼んでいたが、東北独特の訛りによるものだろう。この料理は地域によって郷土色があるらしい。

 ポテトサラダの具と同じだねと、みやびはフライパンでひたすらナスを炒める。彼女がいま作っているのは至ってシンプルなバージョンだ。


 ・ナス(二~三人前相当で三本)

 ・青じその葉(適量を細長く刻む)

 ・ごま油(大さじ三)

 ・酒(料理酒ではなく日本酒大さじ二)

 ・醤油(大さじ四)

 ・お好みで七味唐辛子

 材料はこれだけ。


 ヘタを取り一センチ角で細切りにしたナスを、水にさらしてアク抜きを。

 フライパンにごま油を垂らして加熱し、アク抜きしたナスを入れて炒めていく。ピリ辛にしたいならここで七味唐辛子を適量投入もよし。火加減は中火を維持だ。

 ナスは油を吸うので、全体に油が回ったら酒を入れて蒸し焼きにしていく。

 吸った油がナスからにじみ出て来たら頃合いで、ここに醤油を回しかけかき混ぜて火を止める。フライパンから立ち昇る焦げた醤油の香りが堪らない。

 そこに青じその葉を入れて和え、小鉢に移せば完成。


 更に細切りにした青じその葉を上に乗せるてやると見た目も美しい。ご飯が進むこと受け合いの一品が、五分程度で作れる便利なおかず。


 ちなみに酒を入れるタイミングで一緒にみりんや砂糖を入れるバージョンや、醤油の代わりに味噌を使ったバージョンもみやびのレシピにはある。

 ダイニングルームに出すわけでも、まかないにするつもりでもなかった彼女。たまに食べたくなる田舎料理なので、自分とファフニール用に作ってみただけ。


 ――だがしかし。


 ごま油と焦げた醤油と青じその香りを、調理場の者たちが見逃すはずもなかった。妙子がそれはメニュー外よねと言い、メイド達が集まってくる。


「あは、あはは、試しに作ってみただけ。ホントホント」

「皆さん、お試しだそうよ。試食してみましょう」


 キラリンと目を光らせた妙子の言葉に、全員がシャキンと箸を構えた。私のナス炒りがぁと、がっくり肩を落とすみやび。だが皆の反応は上々であった。


「なんじゃこれは、美味いではないか! ミスチアよ、ご飯をよそってくれぬか」

「これから仕込みに入って昼食だと言うのに、何を仰るのですか……お気持ちはよく分かりますが」


 妙子はもちろんメイドたちも、ご飯が欲しいと口を揃えた。素材はナスと青じそだけなのに美味しいと。これは東北の郷土料理、評判がよろしいようで。


「みやびさん、これは立派な一品料理よ。作り方を教えて欲しいわ」


 妙子の要望にメイド達も頷き、カルディナ姫にミスチアとエミリーも覚えたいと言う。ならばお昼の小鉢に加えましょうかと、みやびがへにゃりと笑った。


 そこへカエラが、お肉到着ですと現われた。肉とクーリエ・クーリド姉妹が運んでくる魚を見てメニューを決めるため、昼用のご飯を炊きながら待っていた所だ。メイド達が一斉にワゴンを押して、バタバタと搬入口へ向かう。


 カエラは朝食の準備を終えた後、まかないを食べてからと畜場に向かい肉を運んで来る段取り。ワイバーンの処遇に頭を抱えていたブラドが、レベッカが書いた申請書に二つ返事で紋章印を押したのは言うまでもない。


「カエラ、ワイバーンとはうまくやれてる?」

「もちろんですラングリーフィン、ワイちゃんがもう可愛くって可愛くって」


 名前はワイちゃんにしたのねと、みやびは目を細めた。安直すぎる気もしないではないが悪くはない。

 けれど空飛ぶでっかい鶏のどこが可愛いのだろうと、調理場に残る者達が顔を見合わせ微妙な顔をする。


 そこは蓼食う虫も好き好き。辛い植物の葉を餌にする芋虫もいることから、転じて人の好みはそれぞれという意味。

 みやびはカエラの趣向を受け入れ、良いではないか良いではないかと、フライ返しを指揮棒が如く四拍子に振っていた。


 ――その夕刻。


 大聖堂の司教室に聖堂騎士ジェラルドが呼ばれていた。


「サイモンのツバメは本当に速いわね」

「それで、法王からは何と?」


 法王と皇帝からファフニールに書簡が届き、夕食後に御前会議が招集されている。それとは別に、法王からアーネスト宛てに別の書簡が来ていた。


「私を枢機卿に指名してきたわ。人を見る目が無かった事を、ずいぶんと悔いているようね」

「それはまた、大司教を飛び越えての大抜擢ですな。おめでとうございます」


 おめでたいのかしらねと、アーネストは苦笑している。他に大司教三名が帝国にはいるけれど、オトマール公国の大司教を除き、リンドを人と認めない派だった。


 そこでジェラルドは、はてと首を捻った。聖堂騎士である自分が呼ばれた理由は何なのだろうかと。


「モスマンの動向が怪しい今、私はロマニアを離れる訳にはまいりません。ジェラルド、貴方に全権を委ねます。私の名代みょうだいとして枢機卿領を統治してもらいたいの」

「あの、司教さま、よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」

「向こうの大聖堂はおそらく腐りきっているでしょう。聖堂騎士を率い聖職者に相応しくない輩は、その剣をもって粛正するのです」

「あの……もう一度」

「優秀な司祭も二人付けますわ、よろしく頼みますよ」


 にっこり笑うアーネスト。身の丈に余る抜擢と大仕事に、ジェラルドの顔が引きつっている。ちょうどそこへ、子供達が来たと修道女が告げた。


 売り上げとお団子をアーネストに手渡しながら、今日も完売ですとアルネが満面の笑みを見せる。

 そんな子供達をジェラルドは微笑ましく眺めた。どこか暗い影のあった子らが、みやびに出会ってから生き生きとしている。人の縁と精霊の加護は、間違いなく子供達にも降り注ぎ背中を押しているのだと。


「君たち、将来の夢はあるかい?」


 ご相伴にあずかったジェラルドが、お団子を頬張りながら尋ねてみた。ほとんどの子は決まっておらず、顔を見合わせている。だが数人の子が聞いて下さいと手を挙げた。


「僕たち十五歳になったら、教会の料理人になりたいです!」

「ぜひおなりなさい」


 アーネスト司教、真顔で即答だった。

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