第78話 ワイバーンどうしよう

「なんか増えてません? ラングリーフィン」


 そんな言葉を発したのは、と畜場の責任者副ギルド長から預かっている娘のカエラだった。視線の先では親指サイズのフェンリルが、みやびの肩で白虎ビャッコと並び大きなあくびをしている。


 闇魔法無効のフェンリルが枢機卿に襲いかかり、魔力充填した宝石の革袋を噛み千切った時点で勝負は決まっていたのだ。

 その内みやびは光を司る天馬ペガサスも召喚するのではと、近衛隊も守備隊も信じて疑わない。


「触ってもいいわよ」

「ホントですか!」


 わくわくしながら人差し指を伸ばし、カエラは聖獣たちの頭を撫でていく。撫でると言うよりは、ちょんちょんと触れる感じだが。

 聖獣たちはみやびが怒らなければ大人しいもので、調理場ではもうマスコット的な存在になっていた。大聖堂に祀られている神聖な獣ではあるが。


 そこへ青龍がみやびの頭から離れ、魚をくすねようとしたチェシャに雷撃をおみまいした。もちろん手加減はしており、糸のように細い稲妻がチェシャに落ちる。


「ふぎゃぁ!」


 みやびが落とす精神攻撃に分類される雷ではなく、本物の雷。今の彼女は頭の後ろにも目があるようなもの、盗み食いはリスクを伴う非常に危険な行為である。

 

「あんたねぇ、欲しいならちゃんと言いなさいよ!」

「ふにゃにゃ、あまりにも良い匂いだったんだにょす」

 

 みやびがいま炙っているのはカツオで、たたきにしている最中。昼のメインはちらし寿司にしたのだが、カツオは入荷量が少なかったのでまかないに回していた。

 表面は焼かれ香しく、そして中はしっとりとした生。ポン酢やおろし生姜がよく合う、ご飯にも酒の肴にも堪らない一品。


 ただし芯まで火が通ってしまわないよう、焼けたらすぐ氷水に入れて冷やすのが大事。つまりチェシャは良い香りに待ちきれないのと猫舌も相まって、氷水で冷まし中のカツオに手を出そうとしたわけだ。


「これが焼けたら冷めてるのあげるから、少し待ちなさい」


 猫の姿でいる時は食べやすいよう、さいの目に細かく切ってあげる。はいどうぞと皿を置くみやびに、チェシャは待ってましたとあぐあぐ頬張り始めた。


 そこへレベッカがクララとミスチアを連れ、みやび殿にご相談がと顔を出した。何でも枢機卿の騎手が飼い慣らしたワイバーンが暴れているらしい。そう言えば西門には今、三頭いるんだっけとみやびは思い出す。


 三頭が喧嘩になったら西門に被害が出るかもと、ミスチアが眉を八の字にしてご助力をと懇願した。うんうん、今度は西門に行って雷を落としてこいと。


「ねえレベッカ、騎手のワイバーンは最終的にどうなるの?」

「法王の返事待ちだが、罪人二人は法王領へクララさまが護送することになるだろう。つまり……」


 そこでレベッカは何故か言いよどみ、クララとミスチアも視線をそらしたので、みやびはつまりの先を促した。


「飼い主不在の野良ワイバーンということになる」

「……はい?」


 罪人はワイバーンを所有できない帝国共通の掟があると、クララは言う。放り出せば人や家畜に被害が出るので、新しい飼い主が見つかるまではエビデンス城で養うことになるのだと。

 

「レベッカ、それファニーとブラドは知っているの?」

「私もそれを聞き報告して来たところさ、二人とも遠い目をしていたよ」


 あちゃあと、みやびは額に手を当てた。それは確かに頭が痛いだろうし、西門の守備隊と牙も不憫であろう。

 取りあえず大人しくさせようと、みやびはメイド達に肉の用意をさせる。そこへカエラが手伝わせて下さいと言ってきた。


「わたし南門からの通いなので、西門のワイバーンをまだ見ていないのです」

「いいわよ、空飛ぶでっかい鶏だと思えばいいわ」


 西門でにらみ合う三頭のワイバーン。声がギャースカうるさいのは相変わらずで、工事現場並みの騒音攻撃に牙達がげんなりしていた。

 

 みやびの姿を見てクララ付きとミスチアのワイバーンは大人しくなったが、野良扱いは大人しくならなかった。怒りでみやびの聖獣が目に入らないのだ。


「青龍ちゃん出番よ、手加減はしてあげてね」


 みやびに応じ、青龍が雷撃をおみまいする。チェシャに与えたよりも太めのヤツで。雷光と共に、ギャワッと叫んだワイバーンが目を剥いてひっくり返った。

 もうちょっと手加減した方が良かったんじゃない? と青龍に苦笑するみやび。片やクララ付きとミスチアのワイバーンはかたかた震えている。


 そんな中、後ろの方で可愛らしいという声が聞こえてきた。一斉に皆が振り向くと、それはカエラだった。皆の視線が集まっているというのに、彼女は瞳をキラキラさせている。


「この子を飼い慣らすには、私はどうしたら良いのでしょう」


 マジかと、レベッカが腹を抱えて笑い出した。カエラはどこのどんな点に可愛らしさを見出したのかと、クララが微妙な顔をしている。ミスチアとしても主従の信頼関係で結ばれた相棒であり、そんな感情を抱いたことはないのだ。


 まあ蓼食たでくう虫も好き好きと、みやびがミスチアに問いかけた。


「騎手になる条件ってあるの?」

「ないですよ、貴族である必要も武人である必要もありません。本来は物を運ぶ運搬業の一族が使っていた術ですから」


 自分の家系は戦時の物資輸送に貢献し、たまたま皇帝陛下に召し抱えられたのだとミスチアは言う。


「なら、カエラも騎手になれるのかしら」


 それは難しいとミスチアは厳しい顔になった。契約の上書きは可能だが、契約自体に相当量の魔力が必要なのだと。加えて彼女はカエラに視線を移し、餌代と飼育する環境はあるのかと問い正す。


「と畜場では、どうしても川に捨ててしまう肉や骨があるのです。広いと畜場で飼育できればと思ったのですが」


 カエラが後先考えず言い出したのではないと知り、なるほどと頷いたミスチア。

 ワイバーンは本来、動物を丸呑みにする生き物で骨も好んで口にする。環境はクリアだが、契約の魔力はどうするのかと尋ねる。ミスチアの家系は幼い頃から宝石を預けられ、日々祈りを捧げて契約に備えるのだと。

 やっぱりダメですかと、カエラがしょんぼりしている。


「これ、使えないかしら」


 突然みやびが、割烹着のポケットから例のダイヤモンドを取り出した。結構貯まってるはずよと。

 お借りしてもよろしいですかとレアムールが言うので渡すと、彼女は魔力探知を始めた。


「あの、ラングリーフィン。もう飽和してますからこれ以上魔力は充填できません」

「……はい?」


 ミスチアがクララの護衛兼騎手にアイコンタクトを交わして頷き合う。それなら魔力は余裕だなと。


「カエラと言ったわね、信仰心は厚いほうかしら」

「はいミスチアさま、日々の礼拝は欠かしたことありません」

「よろしい。ではダイヤモンドを受け取り、私が言う呪文を復唱しなさい」


 全ての精霊に願いたてまつる。

 この獣が我が下部しもべとして我と共に生きることを許し給え。

 この世界に授かりし精霊の魔力、その一部を謹んでお返しいたします。


 復唱していたカエラの足下を中心に、緑色の魔方陣が展開した。ならば彼女は地属性なのだろう。その魔方陣が頭上まで浮上し、ワイバーンの額に吸い込まれていく。


「レベッカさま、その剣でカエラの指をちょっとだけ切ってもらえますか。帯剣しているのはあなただけなので」


 ミスチアに頼まれ、レベッカが剣の柄に手を掛けながらみやびをチラッと見た。城内で抜いてもよいのかと。もちろんいいわよと、みやびはグーサインを送る。


 皆が見守る中、指から流れる血を気絶しているワイバーンの口に垂らすカエラ。すると一瞬、ワイバーンが光に包まれた。


「おめでとうカエラ、これであなたは飼い主よ」

「ミスチアさま、ありがとうございます!」


 ここにロマニア侯国では初のワイバーン使いが誕生した。お礼を言いながら、カエラがレベッカにおねだりをする。ゴンドラに肉を詰め、ワイバーンで南門に直で運んでもよいかと。それは確かに荷馬車よりは遙かに効率的。


「あっはっは、いいだろう。城伯への申請書は私が出しておこう」

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