第75話 うどん屋さん的な和風カレー

 みやびが煎れてくれた緑茶をすすり、パラッツォがこれは良いなと目を細めた。和食によく合うと。


「それで、地図を広げて何を考え込んでいたの?」


 みやびはそう言いながら、パラッツォの髭に付いていたご飯粒に手を伸ばし頬張った。これは参ったなと、パラッツォが頭をかいた。まるで孫に世話を焼かれているようではないかと。

 だが悪い気はしないのだ。愛孫を見るような眼差しをみやびに向けながら、パラッツォは地図上のドナウ川をトントンと突いた。


「国境であるドナウ川対岸に砦を築くということは、攻めてくる意思があるということじゃ。モスマン帝国はかつて、一度たりとも停戦協定を守ったことがなくての」


 枢機卿の件もあるのに頭が痛いと、パラッツォは頬杖をつきながら手にした緑茶をすする。

 国家というものはどうして領土的野心を抱くのだろうかと、みやびは手にしたお盆を胸に抱く。

 しかし降りかかる火の粉は払わなければならない。加えてみやび流に言うならば、やられたら倍返しなのだ。これは蓮沼家の家訓であり、さすがはヤ○ザの家系。


「わしはな、出戻りなんじゃよ」

「出戻り?」


 突然そんなことを口にしたパラッツォに、みやびは首を捻った。そう言えば赤いもじゃもじゃに、スオンはいるのだろうかと。いや、いるならばいま隣にいるはず。


「弓の名手じゃったが、生まれつき体が弱くての。リンドの血をもってしても勝てぬ病で既に墓の中じゃ。わしはな、その時に竜騎士団長を引退したんじゃが……」

「八年前ね」


 みやびが先回りすると、パラッツォはああと頷き緑茶をすすった。八年前、ブラドとファフニールに乞われ再び竜騎士団長になったのだと。

 スオンが全滅してしまったロマニア侯国を立て直すため、必至だったと赤い単眼はどこか遠くを見つめた。


「リッタースオンが四人になった。わしは嬉しい」


 感慨深げなパラッツォに、みやびは割烹着のポケットから紙袋を出してテーブルに置いた。よかったら食べてと。


「これは、クッキーではないか」

「好きなんでしょ、この酒飲みの甘党め」


 茶目っ気たっぷりに笑うみやびに、釣られてパラッツォもふぉっふぉっふぉと笑った。この娘は本当に世界をひっくり返すかもしれないと思いながら。


 ――翌朝。


 朝のメニューはメンチカツに目玉焼きの定食としたみやび。そんな彼女にフランツィスカが、一枚の紙を持って来た。

 みんなうるさくてと、申し訳なさそうな顔をするフランツィスカから受け取った紙。そこに書かれていたのは、牙たちからのリクエストだった。


 第一位、握り寿司。

 第二位、カレー。

 第三位、同率でかつ丼とハンバーグ。

 第四位、豚ロースの生姜焼き。

 第五位、メインではないがプリン。


 まあ順当かなと、みやびがへにゃりと笑う。握り寿司は昨夜やったが、牙は二十四時間三交代制なので口にできなかったメンバーもいる。実際の所、全種類を口にした牙はまだいないだろう。

 ならば今日のお昼はカレーでいこうと方針を決め、みやびはメイド達に指示を出して行った。


 前回は麻子と香澄と共に、本格的なインドカレーとした。けれど今日は趣向を変えて、うどん屋さんで出て来るような和風カレーを企むみやび。田舎の定食屋さんに行くとたまに遭遇する、嬉しい味。


「毎週金曜日はカレーにしようかしら」

「あら、どうして?」


 ふとつぶやいたみやびに、妙子が速攻で尋ねてきた。中々に耳聡い。辛いものが苦手な彼女としては、聞き逃せなかったらしい。


「警備の黒田さんがね、元海上自衛官なの。護衛艦に乗って洋上生活を続けると曜日の感覚がおかしくなるから、金曜日は必ずカレーが出るって言ってたわ」


 自分もこちらに来て、曜日の感覚が薄れているとみやびは笑う。確かにこの世界、日曜日に相当する安息日はあるのだが曜日という考え方が無かったのだ。


 ちなみに海上自衛隊では各護衛艦・潜水艦・基地隊ごとの独自レシピがあり、横須賀地方隊だけでも二十三種類のカレーがあるという。 


「それで金曜カレーなのね。ところでみやびさん、今日の辛さは……」


 目が笑っていない妙子に、みやびが心配しないでと右手をひらひらさせた。本当よねと、妙子がすがるように念を押す。

 子供でも安心して食べられるカレーうどんのような辛さ、みやびがプロデュースする今日のカレーはそんな味。リンド向けにはさや唐辛子を入れて一煮立ちだ。 


「ラングリーフィン、トンカツやコロッケを揚げたり、ハンバーグを焼くのには何か理由があるのですか?」


 エミリーの問いかけに、みやびはトッピングよと人差し指を立ててウィンクした。カレーにもトッピングがあるのですかと、瞳を輝かせる彼女。

 どうやらエミリーは、トッピングできる料理がお気に入りらしい。トッピングも含めてお代り自由と宣言したみやびに、ハンバーグを焼くカルディナ姫が至高じゃなと口角を上げていた。


 盛り付けたご飯の中央を空け、土台を作った上で中にカレーを流し込む。ニンジン・タマネギ・ジャガイモ・豚バラ肉がごろごろ。

 そこにお好みのトッピングをしていく守備隊と牙の第一陣。娘かららっきょうの甘酢漬けと福新漬けの小皿を受け取る牙の親が、ちょっと照れている。

 トッピングはトンカツ・チキンカツ・コロッケ・メンチカツ・ハンバーグ・エビフライ・腸詰め・チーズ・ゆで卵からの選択制。

 溶き卵のオニオンスープに、人気の高かったインド式甘口ドレッシングのサラダ。そこにマンゴープリンが添えられるので、今日もトレーはいっぱいだ。


「カレーにもバリエーションがあるのじゃな、こいつは美味い」


 トッピングしたハンバーグと一緒に和風カレーを頬張るパラッツォの目が細くなっている。どの道トッピングは全種類を制覇するつもりなので、まだスロースタートの一杯目。


「このらっきょうの甘酢漬けと福新漬けもいいな、これだけでもご飯が進む」 


 ブラドも頷きながら、カレーの添え物にいたく感心している。そこへフランツィスカがダイニングルームへ駆け込んできて、ブラドとパラッツォに耳打ちをした。


 ――枢機卿が第二城壁の西門で入城を求めていると。


 パラッツォの手にしていたスプーンが、握り込まれてぐにゃりとねじ曲った。ついに来おったかと。

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