第74話 マグロ三昧です!
麻子と香澄が儀式後の眠りについたので、今夜の調理場はみやびが一人で指揮を執っていた。
もちろん主役のレアムールとエアリスには、総監職としてみやびが調理場への立ち入り禁止を発令。麻子と香澄の寝顔でも見てなさいと。
大変っちゃ大変なのだが、
妙子が嬉しそうにご飯とお赤飯の準備をしている。お赤飯は手伝うメイド達もお目出たい時のご飯だと、ヨハン組の重箱で分かっていた。自分たちもいつかは作ってもらえるのだなと、お米を研ぐ手に気持ちを込めている。
そんな中、みやびとしてはタイのお頭付きも欲しいところなのだが、海が荒れて無いものはしょうがないと鼻息を荒くする。
ならばと彼女は、水属性の力で瞬間冷凍し保存していたクロマグロとビンチョウマグロを、風属性の力でスパスパ解体していく。
冷凍していたマグロが、刺身にするためのサクにどんどん姿を変えた。それを火属性のメイド達が、ゆっくりじんわり解凍する。
どうやらみやび、今夜はマグロ三昧にするようだ。貴賓室で重職達とお祝いするから、マグロをレアムールとエアリスに振る舞おうという作戦。
「切り裂く風で大名下ろしだから、中骨に身がいっぱい残ってるでしょ。これもスプーンでかき集めてね」
みやびがメイド達に指示を飛ばす。
魚の基本的なおろし方である三枚おろしを、簡略化したのが大名おろし。魚を半身二枚と中骨の三つに分けるところは同じだけれど、普通の三枚おろしよりも中骨に身が多く残る。これが贅沢なおろし方という意味合いで、大名おろしと呼ばれる
最近は港の漁師から、使えそうな海苔が入荷するようになっていた。なら中骨からかき集めた身でやることは、ネギトロとみやびの中で確定していた。
今夜は大トロ・中トロ・赤身の握り寿司とネギトロ軍艦、他に厚焼き卵とサラダ軍艦に山かけ軍艦、更に牛タン炙りと牛カルビの握り。もちろん鉄火巻きも忘れない。
ダイニングルームはガリを含めて好きな物を好きなだけ持って行けという、セルフスタイルだとみやびは新人メイド達に説明する。
ちなみに汁物はシイタケとワカメのお吸い物。これに温泉卵とワサビナスが付く。今夜もトレーは器でいっぱいになりそうだ。
仕上げが佳境に入ったところで、別作業をしていたみやびがみんな集まってと声を上げた。
何だろうとみやびの元に集まったメイド達が、テーブルの皿に視線を落とす。確か彼女はマグロの頭と格闘していたはずと。
「希少部位で量が少ないからみんなで食べよ。こっちが脳天、こっちが頬肉、こっちがあご肉よ」
目の上にある部位の脳天はお醤油で。
頬肉はごま油と塩でユッケに。
あご肉は塩胡椒を振って焼いたもの。
「なんじゃこのあご肉は! まるで動物の肉じゃぞ」
「姫君、この頬肉も堪りません」
皇帝領では頭を捨てていたらしく、カルディナ姫とミスチアがなんてもったいないことをしていたのかと嘆く。
エミリーとエルザは脳天を口にして頬に手を当てた。大トロよりも脳天を上位とする板前もいるくらいで、その口溶けと甘さにうっとり。
「ほら、あなた達も遠慮しないで」
貴賓室で振る舞う分は確保済みなので、腰が引けている新人メイド達をみやびが急かした。これは調理場だけの美味いものタイムよと。
日本でも魚屋やスーパーにはまず並ばない希少部位を、メイド達はワイワイ騒ぎながら堪能していた。
ダイニングルームがマグロ三昧で賑わう中、奥の貴賓室でお祝いの宴が始まった。出来上がっているものを並べるだけなので、給仕はティーナとローレルが担当。主にぶどう酒の注ぎ役となるが。
そのぶどう酒を片手に、ブラドとパラッツォが吹き出していた。山椒の勢いを借りて壁ドンし口説くつもりが、逆に麻子と香澄に落とされたのかと。
確かにその通りで、間違いではない。レアムールもエアリスもそうですと、顔を真っ赤にしている。
一部始終を見ていた妙子が、口に手を当て顔を背けた。笑いを必至に堪えているのだ。これは傑作だとレベッカがカラカラ笑い、ヨハンがリアクションに困っている。
テーブルには握り寿司と軍艦が並び、希少部位である脳天・頬肉・あご肉に皆が夢中となっていた。更に希少部位のカマ焼きが存在感を誇示し、シイタケとワカメのお吸い物が良い香りを漂わせている。
「みやび、これは本当に頭の肉なのか? ずいぶんと美味いな」
「そうよブラド、一匹からちょっとしか取れないの。それよりも私さ、貴方のことをお義兄さまと呼んだ方がいいのかしら」
みやびのお義兄さま発言に、ファフニールが硬直してしまう。ブラドは目尻にしわを寄せ、今まで通りで良いと笑う。彼はカマ焼きも美味いぞと、妹であるファフニールに勧めていた。
「ところでみやび殿、麻子殿と香澄殿はその……武術はどうなのじゃ」
パラッツォの問いに、皆の視線がみやびに集まった。近衛隊長と副隊長のスオンである以上、ただの娘というわけにはいかない。
君主をお守りする立場なのだから、素人ならば武術訓練を行う必要がある。パラッツォもブラドも、そしてレベッカも、それを気にかけていた。
みやびはそうねえと言い人差し指を顎に当てると、天井を見上げて頭を右に、そして左へと傾げた。
「麻子は剣道、香澄は弓道、二人ともインターハイでは全国レベルよ。目が覚めたら腕前を見てみるといいわ」
部員不足だからと二人に拝み込まれたゆえに、みやびは剣道部と弓道部をかけ持ちしていた。なので麻子と香澄の練度はよく分かっている。
インターハイの意味は通じなかったようだが、皆がほうと頷き、腕前を見てみたいと瞳を輝かせた。
国境の地図を広げ腕組みをするパラッツォの部屋に、みやびがお盆を手にやっほーと顔を出した。
「これはみやび殿、どうしたのじゃ」
「余ったマグロを漬け丼にして、夜勤番の子に配っているの。赤いもじゃ……モルドバ卿も食べない?」
「もう赤いもじゃもじゃでよいわ、そいつをくれ!」
「あれ? バレてた?」
顔が引きつるみやびをよそに、漬け丼をひったくって頬張るパラッツォ。薄々気付いていたので、彼にとっては今更であった。
醤油・酒・みりんを二対一対一、そこにすり下ろし生姜を加えて揉み込んだマグロの漬け。これをご飯の上に並べて卵を落とし刻みネギを散らした漬け丼。
「美味いのう、ホッとする味じゃ」
「ねえ赤いもじゃもじゃ、お寿司全般に合う飲み物があるのだけど試してみる?」
おお是非にと、髭にご飯粒が付いているのも気にせずパラッツォは頷く。そんな彼に、みやびは亜空間に蓄えた緑茶を取りだし煎れ始めた。
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