第66話 今夜は酢豚と餃子に炒飯です!

 調理場で酢豚セットが作られている頃、ファフニールは執務室にレベッカとヨハンを呼び出していた。


「オアナ子爵領を含むグレーン州の統治を、あなた達に命じます。州内の住民を動員してオアナを再建しなさい」


 スオンとなったカップルには治める領地を与える、これがロマニア侯国の習わしである。逆を言えばファフニールの直轄領が多すぎて、書類仕事が一向に減らないのだ。

 八年前の戦争で、君主が配下に与えていた領地が全てファフニールの手元に戻ってしまった。その管理運営が書類の束となり、机に積み重なるわけで。


 みんな早くスオンになってと、日々祈るファフニール。まあよこしまな願いでも想いが強ければ強いほど、精霊は悪いようにはしないと信じられている。がんばれファフニール。


「グレーン州の知事であるキリアは優秀な人物よ。城に来るよう文を出したから、州の方向性についてゆっくり話し合うといいわ」


 ファフニールからの辞令に、嬉しそうに顔を見合わせるレベッカとヨハン。そんな二人に、ファフニールは二本の鍵を差し出した。それはスオンに与えられるお屋敷のマスターキーとスペアキー。なんとみやびが持つお屋敷の隣らしい。


 これでレベッカとヨハンは、城に住み込みではなく通いになるわけだ。それは正に二人の愛の巣……もとい新居。


「メイドを動員して大掃除はしたけれど、使用人を雇う必要があるわね」


 そんなファフニールの言葉に、ヨハンがお願いがありますと身を乗り出した。信用できる使用人が見つかるまで、みやびの子供達を借りられないかと。

 

 子供達はいつみやびとファフニールが来てもいいよう、お屋敷の掃除はもちろん庭の手入れも欠かさない。ヨハンにとっては教会の寄宿舎仲間だったわけで、これほど信頼できる民間人は他にいない。


「もちろん報酬はお渡ししますので」

「みや坊に聞いてみるわ、多分ふたつ返事で承諾するでしょうけど」


 こうしてアルネはスペアキーを二本預かる事になるわけだ。親のいない自分が信用されていると喜びに打ち震え、彼女は更に奮起することとなる。アルネもがんばれ。






 セルフスタイルにすっかり慣れた守備隊と牙たち。その第一陣がダイニングルームの入り口に重ねられたトレーを手に、今夜は何だろうとワクワクしている。

 

 その列に並ぶカルディナ姫が、膨れっ面をしていた。夕食のレシピを覚え損ねたと激おこぷんぷん丸。その言葉に、ミスチアとエミリーがおやまあと顔を見合わせる。


「握り寿司を覚えるのが目的だったはずでは?」


 エミリーの問いに、それでは足りんとカルディナ姫は首を横に振った。彼女は裏メニューの存在と美味しさを知ってしまった。プリンといいフルーツゼリーといい、学園の調理科三人組が持つ知識と技術をぜひとも覚えたいと拳を握り締める。


 これは三日坊主で終わらなそうだなと、思わずミスチアが頬を緩めた。あの脱走常習犯がねぇと。もちろん口に出しては言わないが。


「ミスチアよ、いま無性に腹が立ったのは気のせいじゃろうか」

「気のせいですわ姫君。ほら、サラダをお取り下さい」


 酢豚に合わせてみやびがチョイスしたのは、ゴマだれドレッシング。サラダと炒飯と鶏ガラスープはお代り自由と、列の先頭で声を上げ説明している。

 

 既に席へ付いているブラドとパラッツォが、酢豚セットを頬張っていた。単品でも美味しい炒飯がお代り自由と聞いて、顔がにやついている。


「ブラドよ、もうこのセルフスタイルで良いのではないか?」

「奇遇だな、僕もそう思っていた所だ」


 カルディナ姫の来訪によって自分たちも列に並ぶ羽目になったが、給仕を介さず好きなだけお代りに行けるこのスタイルを二人は気に入ったらしい。


 そんなブラドは、炒飯を量産しているメイド達に目を向けた。パラッツォも餃子を焼くメイド達に目を向ける。彼女らがこんな生き生きと立ち働く姿は、みやびが来るまで見たことがない。八年前に受けた傷は、それだけ深かったのだ。


「それにしてもこの酢豚、パイナップルが良い仕事をしておるな」

「パラッツォ、この餃子は詰める具材でバリエーションが色々あるらしいぞ」


 リンド用にさや唐辛子たっぷりの酢豚と、中身が真っ赤な餃子を美味しそうに頬張るブラドとパラッツォ。

 第一陣の守備隊と牙が席に着いた頃合いを見計らい、二人は席を立った。もちろん炒飯とスープのお代りに。


 同じく炒飯のお代りに来たカルディナ姫が、みやびの袖をついついと引っ張った。何かしらと膝を曲げ、みやびは姫と目線を合わせる。


「この夕食にも、裏メニューがあるのかや」

「あはは、調理場で余った餃子を水餃子にしてるわよ」

「スイギョーザ?」

「餃子を焼くのではなく、鶏ガラスープの具にするの」


 炒飯の皿を持つ手がプルプル震えるカルディナ姫。単品でも美味しい餃子とスープを組み合わせるのかやと。

 そんな彼女の耳に手を添えて、みやびが囁いた。お夜食に持ってってあげようかと。もちろん喜色満面きしょくまんめんで頷くカルディナ姫。みんなにはナイショだぞと、みやびが唇に人差し指を立ててウィンクした。


 酢豚セットで賑わうダイニングルームに、フランツィスカが姿を現した。彼女は第三陣なので、業務で来たのだろう。フランツィスカはファフニールを見つけると、ひそひそと連絡事項を告げた。


「ファニー、何かあったの?」

「皇帝陛下の使者が、第二城壁の西門で入城を求めているの。私に合いたいらしいわ」


 ファフニールはレアムールを呼び、執務室で会食をする準備を命じた。カルディナ姫を連れ戻すのではなく、自分に用があるという使者に疑問を感じながら。

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