第67話 皇帝陛下の使者
使者は自らをクララと名乗った。カルディナ姫の教育係を務めたそうで、柔和な顔立ちをした女性だ。地位は伯爵で、今は皇帝陛下の台所番だと話す。
クララの後ろには護衛騎士が二人と、水餃子を食べてスヤスヤ眠っているカルディナ姫の代わりにミスチアが立っていた。
ファフニールとみやびの後ろにも、レアムールとエアリスが近衛隊の第一種警戒態勢で立っている。給仕に付いたティーナとローレルが、少し緊張しているようだ。
「ランハルト公から聞き及んでおりましたが、ロマニアは食文化がずいぶんと進んでいるのですね」
そう言って酢豚を頬張るクララが目を細め、頬に手を当てていた。気に入ってもらえて何よりと、みやびが餃子と炒飯もどうぞとお勧めする。
あなたが新生の選帝侯なのねと、クララは炒飯を頬張りながらみやびに目を向けた。選帝侯会議では誰を推すのかと。
「ごめんなさいクララさま、私は第一皇子と第二皇子にお会いしたことが無いの。できればご本人に会ってみたいわね」
これはみやびの本心。カルディナ姫しか知らないのだから、票の入れようがないのだ。その答えにクララはあらと微笑み、護衛の二人も頷き合っている。
風評に流されず、人の本質を見ようとするみやびにクララは感じ入ったようだ。風評だけならば、カルディナ姫は手の付けようがないおてんばと、皇帝領ではもっぱらの評判である。
そんなクララが、護衛の騎士に振り返った。
「あなた達も剣を預けて、食事して来なさいな」
「しかし、クララさま」
「リンドの城に入ったなら剣など無意味。長旅の疲れもあるでしょうし、お腹が空いてるでしょ」
カルディナ姫と同じくクララも肝が太いようだ。いや、クララがそのように姫を教育したのかも知れない。リンドは信用に値すると。
有り難いとばかりに、護衛二人は剣をローレルとティーナに預け、ミスチアの案内でダイニングルームへ向かった。さっきからお腹がぐうぐう鳴っているのを、クララは聞き逃さなかったようだ。
緊急な要件でない限り、本題に入るのは食事を楽しんでから。これが帝国の嗜みだが、護衛どころかミスチアまで退出させてしまったクララ。
リンドを信用してくれるのは嬉しいが、本題は何なのだろうかとレアムールとエアリスが顔を向け合う。
同じく落ち着かないファフニールの太ももを、テーブルの下でみやびがキュッと抓った。手加減はしたが、冷静にねと。
酢豚セットを堪能したクララが、ティーナが注ぐぶどう酒を眺めながらようやく本題に入った。
「まだ内密にして頂きたいのですが、実はミハエルさまが行方不明なのです」
「帝国の第一皇子が?」
驚くファフニールに、クララがぶどう酒を手に詳細を話し始めた。
ミハエルは作物の品種改良に熱心な学者肌らしい。そんな彼を、私の研究室を見に来ないかと枢機卿が招いたという。
そのミハエルが、枢機卿領へ向かったまま消息を絶ったと言うのだ。枢機卿に問い合わせても来ていないの一点張りで、ワイバーン隊による捜索も成果がない。
クララは上着の内ポケットに仕舞っていた、丸めた紙を控えていたティーナに差し出した。フュルスティン・ファフニールへと。
ティーナはおかしな仕掛けがないか魔力探知を行い、安全を確認してファフニールへと差し出した。
信用できる相手でもこれはお約束。クララも分かっているからティーナに渡したのであり、気分を害したりはしない。
ファフニールは紙を広げ、隣からみやびものぞき込んだ。それは選帝侯会議が終わるまで、カルディナ姫を預かって欲しいという文面だった。
「クララさま、単刀直入に伺います。あなた自身はどうお考えなのでしょう」
ファフニールの問いに、クララはぶどう酒をあおり苦虫を噛みつぶしたような顔をした。決まっているでしょうと。
「過半数の票を集められない枢機卿が、実力行使に出たのだと思います。証拠はないけれど」
それは邪魔な第一皇子と第一皇女の暗殺に他ならない。危機感を抱いた皇帝が、カルディナ姫をリンド族で守って欲しいとお願いしてきたのだ。
――翌日の緊急御前会議。
ショックがあるだろうと、カルディナ姫には伏せた状態でミスチアと調理場に行かせたみやび。テーブルには重職達と共に、ゼブラ商会のサイモンとアーネスト司教も席についている。
「私が得た情報と合致しますね。付け加えるなら、ミハエルさまは間違いなく枢機卿領に入っております。商人達の目撃情報が多々ございますので」
サイモンの発言に、パラッツォが眉をひそめた。精霊に仕える身でありながら帝国を牛耳ろうとする枢機卿の考えが理解できんと。
「それと屋台を襲った領邦諸国の賊どもですが、枢機卿が各国のならず者を金で雇ったようですね。日雇い仕事を斡旋する組合から、裏は取れております。こちらは敵が誰か分かりにくくするための
その場に居た誰もが、サイモンの報告に呆れかえった。枢機卿は本当に聖職者なのかと。アーネストの言葉を借りるならば、外道そのものではないか。
「司教さま、この件を法王はご存じなのでしょうか」
レアムールの問いかけに、アーネストは顔の前で手のひらを左右に振った。知るわけがないでしょうと。
「枢機卿は法王の腰巾着よ。その
なんでそんな奴が枢機卿なんだと、場の雰囲気が一気に落ち込む。
そこへみやびの目配せで、ティーナとローレルが香澄謹製のシュークリームを置いていった。卵を使わない、司教さまでも大丈夫なシュークリーム。
「こういう時は甘いものが一番ってね! ところでこの場合、ロマニア侯国は枢機卿領に兵を起こすのかしら」
「みや坊、状況証拠だけで兵は動かせないわ」
そう簡単に軍事力は行使できないと言うファフニールに、みやびは顎に人差し指を当てて天井を見上げた。
「ならさ、その枢機卿さんをエビデンス城に招いたら? 潔白なら胸を張って来るでしょうし、やましい事があるなら使者を立てるだろうし。企みがあるならカルディナ姫がいるんだから、何か仕掛けて来るんじゃないかしら」
みやびさんってほんと力業を使うのねと、手にしたシュークリームを落としそうになった妙子が呆れ顔をしていた。
重職達も本気かと、ファフニールに視線を向けた。みやびの案に決定を下すのは君主である。そんなファフニールの目が、研ぎ澄まされた刃のように光っていた。やりましょうと。
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