第65話 カルディナ姫も参戦
調理場でミスチアとエミリーが顔面蒼白となっていた。なぜならば、カルディナ姫が包丁を握っているからだ。お止めしたのだが、本人が
「ラングリーフィンよ、ここからどうすれば良いのじゃ?」
「こうやってね、腹骨をすき取っていくの」
なんとみやび、魚を三枚に下ろしてサク取りするところまでを姫に教えているのだ。教えて欲しいと乞われれば、相手が帝国の第一皇女だろうとみやびは拒まない。
「なるほど、これで骨が一本もない魚を口にできるわけかや」
「初めてにしては上出来よ、すぐに慣れると思うわ」
少々不格好ではあるが、カルディナ姫が切り分けたハマチのサクは切り身で使えるレベルだった。彼女は鼻息を荒くし、
「帝国の姫君がやることではございませんよ」
「何を言うかミスチア、帝国城は海にほど近いから魚を口にする機会は多い。握り寿司は絶対に広めるべきじゃ、そのためにも調理法を知る者は多ければ多いほど良い」
実はお昼の握り寿司を口にしてから、調理場を遊び場にしていたカルディナ姫に変化が訪れていた。彼女は皇帝領で味付けのない煮ただけ焼いただけの魚に、飽き飽きしていたのだ。
それが手でつまんで食べても無作法には当たらず、柔らかいし色んな味と食感が楽しめる握り寿司を、すっかり気に入ってしまったらしい。
好きな寿司を好きなだけ皿に取って良いというセルフスタイルに、ここは楽園かと顔を輝かせて。もちろん何貫食べたかなんて覚えていない。
「物は言いようですわね、姫君」
呆れて半眼を向けるミスチア。だが習い事からの脱走常習犯であった事を考えれば、自ら学びたいと言い出したのだから見守りたいという気持ちもある。
「三日坊主にならなければよろしいのですが」
「な、何を言うか。妾は必ず握り寿司をマスターするぞよ」
そんな二人の傍らで、みやびがハマチの頭を真ん中からカチ割っていた。二つに分かれたハマチの頭を見て、カルディナ姫はもちろん、ミスチアもエミリーも目を丸くする。
「ラングリーフィンよ、その頭をどうするつもりじゃ」
魚を頭の中身まで食べ尽くすという習慣が、この世界には無い。骨の柔らかい小魚であれば口にするが、大きな魚の頭は捨てていた。目玉にDHAやEPAが多く含まれることなど、もちろん知る
「カブト焼きといってね、焼いて食べるの。こっちのカマも焼くと美味しいわよ。数に限りがあるから、もっぱらメイド達のまかないになってるけど」
「なん……じゃと?」
「残った残骸もあら汁にして、まかないにしてるわ。食べてみる?」
カルディナ姫が是非にと、首を縦に振っていた。
ダイニングルームで食事を提供している間、調理場居残り組のメイドがまかないを作っていた。その時のメニューに加えた裏メニュー。
だからカルディナ姫はもちろん、ミスチアもエミリーも裏メニューの存在を知らなかったのだ。
みやびは頭の血合いを取り除くと、熱湯をかけて霜降りにした。そこから細かいウロコを取り除き丁寧に洗っていく。
表面のヌメリとウロコ、そして血合いこそが魚を生臭くしてしまう原因。その下処理をしないまま煮たり焼いたりすれば、魚が本来持つ美味しさは出せない。
それを知って欲しくて、みやびは丁寧に説明しながら頭を焼き始めた。
平行して同じく下処理をした魚の
「はい召し上がれ」
焼き上がったカブト焼きと、味噌を溶いでネギを散らしたあら汁を三人の前にことりと置くみやび。夕食に影響が出ない程度に、茶碗にちょっぴりご飯を添えて。
この頃にはカルディナ姫も、ミスチアとエミリーも、箸を使えるようになっていた。カブト焼きから身をほじり、口に運び味わってみる。
実はこのほじるという行為自体も調味料だったりする。カニを食べる時、ほじるのに夢中になった経験は誰しもあるはず。
肉も魚も、骨に近い部分ほど味が濃くて美味しい。魚の頭はその極めつけで、初めて経験するその味に三人は虜となっていた。
「そなた達、こんな美味いものを食っておったのかや」
ずるいと言わんばかりにメイド達を見渡すカルディナ姫。そんなこと言われても困ると、プイッと顔を背けるメイド達。
三人はカブト焼きをほじり、ご飯を頬張り、あら汁を飲んでホッと息を吐く。カルディナ姫が慣れない作業で電池切れしたのか、うつらうつらし始めた。
「すみませんラングリーフィン、姫君をお昼寝させてきますね」
「うん、夕食には起こしてあげてね」
ミスチアに付き添われ、カルディナ姫が調理場を出て行く。それを見送ったみやびは、さあ夕食の仕込みだと気合いを入れた。
今夜は麻子の提案で、炒飯と酢豚に焼き餃子。
麻子チームはもう酢豚の豚肉を揚げ始めており、メイド達が奏でるニンジンとタマネギにピーマンを刻む音が心地よい。
粉物どんとこいの香澄チームは、棒で伸ばした餃子の皮に
そしてみやびチームは、ボウルに卵を割り入れて溶くメイド、長ネギを刻むメイド、ご飯を炊くメイドと、炒飯に向けて鋭意制作中。
「みや坊と香澄は、酢豚にパイナップル入れる派?」
突然、麻子がそんなことを言い出した。本来はパイナップルやマンゴーといった果実と一緒に炒める料理でしょうと、香澄が答える。
「クラスにね、果実を入れるなんて信じらんないって子がいるのよ」
そう言って眉を八の字にする麻子。みやびは顎に人差し指を当てると、天井を見上げた。酢豚だからこそパイナップルの酸味と甘みが合うと、みやびの舌が反応する。
「私は入ってた方が嬉しいな」
「じゃあ、入れるね」
麻子の返事に、みやびと香澄がどうぞどうぞと頷いた。
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