第64話 子供達の屋台販売

 魚介類の輸送任務を終えたクーリエ・クーリド姉妹が、宝物庫に向かおうとしていた。木箱からワゴンへの詰め替え作業でごったがえす中、みやびがどうかしたのと二人を呼び止めた。


 竜化して飛んだなら、お腹と背中がくっ付くくらい空腹のはず。みやびが手にするお盆には、二人のために用意したおにぎりと味噌汁が乗っている。


「海岸線を飛んでいたら、これを見つけてしまって。宝物庫にポイしてこようかと」


 クーリエが差し出すそれを見て、みやびは息を呑んだ。それは五カラットはあろうかというダイヤモンド。


「宝物庫にポイしちゃうの?」

「リンド族はつい拾ってしまうクセがあるのですけど、拾ったものに執着はないのです」


 これが宝物庫で、宝石が床に山積みとなる理由かとみやびは呆れた。ただポイしているなら、そうなって当たり前。


 よかったら差し上げますとクーリエはダイアモンドをみやびに押しつけ、クーリドがいただきとばかりにお盆をかっさらっていった。

 二人にとっては宝石よりも、おにぎりと味噌汁が大事らしい。離着陸用の石台に座り、嬉しそうに頬張るクーリエ・クーリド姉妹。そんな二人を眺め、ダイヤモンドを手のひらで転がしながらみやびは苦笑していた。


 そのころ市場では、出店許可証を首にかけたアルネが子供達と共に開店準備をしていた。立地は食品を扱うエリアでしかも井戸のそば。木製の器とスプーンを回収して洗う必要があるため、井戸が近いのはありがたい。

 内臓肉を世間に広めましょうというみやびの意図を汲み取り、ギルド長が配慮してくれたのだ。井戸の周囲には休憩できるベンチもいくつかあり、最高の立地。


 ご飯は炊けているし、もつ煮も完成している。アルネはみやびから預かった長い棒を手に取り、クルクル回して巻かれている布を広げ始めた。棒は二本ある。 


「販売を開始する時はこれを屋台に掛けなさいと、ラングリーフィンは仰ったわ」


 それは暖簾のれん。日本語で『みやび亭』と書いてあるが、何故かご紋が猫の肉球になっている。


 次にアルネはもう一本ののぼり・・・を立てた。

 縦長の布には『もつ煮丼 美味しいよ 一杯銅貨三枚』と書いてある。こちらはラテーン語。


 昨夜みやびと妙子が、調子に乗って作ったのだ。猫の肉球は、もちろんチェシャの前足をお借りして作成。インクにつける時、何故なにゆえわたくしがとすごく嫌そうな顔をしていたが。


「うん、これでよし」

「くれ!」

「ひゃっ」


 突然後ろから叫ばれ、飛び上がってしまったアルネ。器とスプーンを用意していた子供達もビックリだ。


「この前は乱闘騒ぎで食いっぱぐれたんだ。牙達が自慢していたそいつを、俺にも食わせてくれ」

「い、いらっしゃいませ。少しお待ちを」


 アルネの目配せで、子供達がご飯をよそいもつ煮を被せて彼女に手渡す。八年も寝食を共にしているせいか、流れるような連携プレーである。


「お待たせしました、銅貨三枚になります。お好みで、こちらの刻みネギと粉唐辛子をお使い下さい」


 男はベンチに座りもつ煮丼を頬張ると、今度はうめぇ! と叫んでいた。何事かと、市場の買い物客が屋台に集まりはじめていた。








 調理場でみやびとファフニールがやきもきしている。市場でうまくやれているかしらと。その様子はまるで、我が子の学芸会を見に来た保護者のよう。


 市場を巡回する牙のメンバーには、気に掛けてやって欲しいとギルド長を通じてお願いしてある。市場で長く店を構えている者達も、子供達の顔は見知っているから何かあれば牙を呼ぶだろう。


 それでもそわそわが止まらない二人に、妙子もメイド達もクスクス笑っている。麻子と香澄が過保護な親ですことと、破顔していた。


 そこへなんと、子供達がぞろぞろ帰って来たのだ。出かけてからまだ三時間も経っておらず、昼食の仕込みをこれから始めようという時間なのだ。


「みんなどうしたの? 何かあったの?」


 血相を変えて駆け寄るみやびとファフニールに、アルネが眉を八の字にした。


「ラングリーフィン、午後からもう一度行かせて下さい。すぐに売り切れてしまったのです」

「……はい?」


 売り切れて買えなかった市民達が残念そうにしていたと、子供達が口を揃えた。だから午後も行きたいのだと。


 仕込みの時間を差し引けば実売時間は一時間にも満たないはずと、みやびの目が点になる。これはみやび、目測を誤ったらしい。妙子が『完売御礼』ののぼりも必要かしらと吹き出していた。


 そんなみやびに、アルネが胸の前で手を組んだ。


「ラングリーフィン、お願いです。私達にもうひとつ屋台を下さい」

「もうひとつ?」

「ロマニアは多民族国家ですから、ベジタリアンも少数派ですがおります。先日覚えた野菜カレーをご飯に被せて販売したらどうかと。一般の方でも好む料理ですし」


 アルネは聡い子だなと感心しつつ、拳を口に当てて考えるみやび。一向に減らない金貨の使い道、この際ひとつと言わず五台発注しようかしらとみやびはほくそ笑む。


 食べ物屋さんが無かった市場に屋台エリアを形成する。それはみやびにとって、小腹が空いた時の大川通り商店街に通じるもの。みやびの野望がふつふつと湧き上がっていた。


 その夕刻、販売を終えた子供達が笑顔で調理場に戻ってきた。やっぱり一時間程度で完売したらしい。


「ラングリーフィン、お金を改めて下さい。五パーセントは組合に納めて来ました」


 みやびはアルネから革袋を受け取り、材料費を引いてアルネに返した。これは司教さまに渡してねと。

 延び延びになっていた子供達の屋台販売が実現し、アーネスト司教と交わした約束が果たせる。みやびは嬉しくて、子供達の頭をわしゃわしゃ撫で回していた。

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