第18話 焼き肉弁当

 下ろしワサビを大量に乗せた、焼き肉弁当の完成。トマトやレタスをあしらい、見た目も美しい。肉は牛タンとハラミを中心に、ワサビに合うようタレではなく塩味とした自信作。


「だからリンド用だってば!」

「お願いだから、私が食べられるものにして」


 肉が隠れるほどのワサビに青ざめる妙子を、これはあくまでもリンド族用だとなだめるのに一苦労。一般用のサンプルを見せるまで、妙子はみやびの袖を離さなかったのだ。

 料理を箱詰めしていくメイド達が、内臓肉の焼き肉弁当に興味津々である。みやびに教わりながら、初めて肉を焼き米を炊いたのだ。ならば愛着も湧くというものだろう。

 それにしても、妙子の部屋にメイド全員が集まると流石に手狭だ。さっそく妙子とレアムールが、調理を行う場所の相談を始めていた。

 そんな中、朝と同じようにテーブルで試食する侯国トップの三名様。

 箸は無理だろうとスプーンを用意したみやびだが、市場にもスプーンはあったので使い方の説明は不要だった。リンド族とて、何でもかんでも手づかみという訳ではないらしい。

 空になった木箱に視線を落とし、スプーンを手にしたままファフニールは呆然としていた。ブラドとパラッツォも、信じられないといった面持ちで木箱を睨んでいる。


「私たちは今まで、この肉を捨てて来たと言うの? 何て罪深い」

「これは、国の食糧事情が一気に変わる」

「ブラド、それどころの話しではない。知れ渡れば帝国全体が大騒ぎじゃぞ」


 三人三様で、思うところがあるようだ。


「みやび殿、この料理をメイド達は再現できるのか?」


 尋ねたパラッツォに、みやびは自信満々で頷く。

 必死にメモを取りつつ、彼女達は下ごしらえも含め炊くと焼くを実践して見せたのだ。最初は失敗もあるだろうが、直ぐにコツを掴むだろう。


「僕たちはこれを、どう扱えばいいんだ」

「事が大きすぎて、わしにも判断しかねる」


 ブラドとパラッツォの困惑をよそに、ファフニールはスプーンを置くと目を閉じて黙考に入った。君主として、方針を決めなければならない。

 そんな三人に、みやびがオタマを向けてクルッと回した。もつ煮を仕込んでいる最中で、両脇でレアムールとエアリスが真剣にメモを取っている。


「料理はね、いつかは真似されて自然に広がるものなの。外交のカードに使うなら、こっちよこっち」


 みやびはオタマで深鍋や中華蒸籠、揚げ鍋やフライパンといった道具を次々と指し示した。どれもこれも、市場には存在しないものだ。もちろん手にするオタマも然り。


「国を発展させるなら、料理はどんどん広めるべきなの。道具作りで職人達がてんてこ舞いになるくらいにね」

「料理が広まると産業が潤うような口ぶりじゃな、みやび殿」

「だーかーら、そう言ってるじゃない。ここにある道具が全ての家庭で必需品になると想像してみて、赤いもじゃ……モルドバ卿」


 パラッツォは席を立つと棚に歩み寄り、みやびが指し示した道具の数々を眺め手に取る。使い方はまるで分からないが、数万単位の需要が生まれることに気付き単眼を見開いた。

 料理に気を取られ農業や畜産業のみならず、産業全体に影響が及ぶとは考えもしなかったのだ。帝国全体で見れば、道具の需要は計り知れない。


「料理用の道具を作る権利、それをロマニア侯国が押さえたらどうかしら。それこそ外交の有効なカードになるんじゃない?」

「みやびさまは恐ろしいことを仰いますにゃぁ」

「ほんっとみやびさんて、力業を使うのね」


 扉の脇に控えていたチェシャと、会話に聞き耳を立てていた妙子が呆れた顔をする。その時、瞳を閉じていたファフニールがゆっくりと瞼を開いた。


「その手始めとして、このお弁当とやらを守備隊だけではなく牙にも配ると言うのですね?」

「うん、そういうこと。ファフニール、ブラド、許可をもらえるかしら」


 ファフニールは空になった目の前の木箱を手に取り、ブラドとパラッツォに視線を向けた。心なしか、彼女の口角が上がっている。


「料理が広まれば、この木箱も飛ぶように売れるのでしょうね」


 その言葉に、二人は顔を見合わせる。

 料理を起点とし、産業が急成長することになるだろう。経済効果は底知れず、しかも道具を生産する権利はロマニアが独占するのだ。ファフニールの言葉は、それを示唆していた。


「帝国全体にどんな影響が出るか、慎重に見極める必要はあるだろう。だが面白いことになりそうだ。君がやると言うなら、僕は助力を惜しまない」

「君主が舵を取り、進む道を決めたのならば是非もなし。存分にやるがよい」


 二人に背中を押されるように、ファフニールは席を立つとみやびに歩み寄った。


「ビュカレスト卿もモルドバ卿も、異論はないようです。みやびさま、料理を侯国に広げましょう。力を貸して下さいますか」

「もちろん大歓迎! でもファフニール、さまじゃなくてさんで」

「い・や・で・す」


 笑顔で拒否するファフニール。

 相変わらずガードは固いが、みやびに対する物腰がとても柔らかい。彼女の中で、何かしらの変化が訪れているようだ。

 この時からファフニールも、メイド達に混じり調理に参加するようになった。交渉のカードにするならば、自分も料理と道具の扱いに精通しなければならないと。

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