第15話 罪滅ぼしと期待

「いやぁ、全くもって情けない限りで……まさか私が体調崩すとは」


 自分の家に到着し、数馬に愛用のベッドに寝かせるや否や弱音を吐く一香。

 数馬の背中で運ばれていく中で一香の気張っていた糸が緩んだのか、一気に体調が悪いことを隠さなくなっていった。

 それでも家について、横になれた事で再び余裕が出たのだろう。

「まぁ人間どんな健康的でも、具合悪くなる時はあるんだからそう気にする事じゃないだろ」

「しょっちゅう集中しすぎて倒れかけてる数馬にそんな言葉をかけられるとは思わなかったなぁ」

 数馬の励ましに冗談を言えるくらいには、元気になっていた。


 しかしそれはあくまで精神的な話であり、一香の体はまだまだ絶不調である。


 それをここまで運んできた数馬本人はよく分かっていた。

「一香の体調が悪くなかったらチョップを食らわせていたところだ」

 そう言って、笑いながら一香のカバンや竹刀を部屋の隅っこに立て掛ける。

 そんな数馬の行動を目で追いながら

「その時は私は滑り込み面で反撃するからね」

 と冗談を言う一香。


「じゃあ弱ってる今のうちにチョップするか」

「キャ〜、弱いものイジメ〜」

「一香は弱くなんてないだろ」

「今の私は数馬に看病して欲しい弱々しいお姫様なの」

「はいはい、分かったよ。それでお姫様は何をご所望で?」

 冗談交じりのやりとりをしながら、制服のブレザーを脱ぎ楽な状態になった数馬は弱りきっている幼馴染なお姫様にどうして欲しいのかを聞く。


 汗を拭いて欲しい。

 服の替えを取って欲しい。

 服の着替えを手伝って欲しい。

 などなど、様々な要望候補がある。そんな中、一香が口にした要望は───


「数馬の料理が食べたいなぁ〜、なんて」


 食欲を満たす事だった。


 余程お腹が空いていたのか、それとも他に要望が無いのか。

 もしくは彼女が言っていた言葉が本音なのか。

 そんな一香の要望に答えるように森の入り口でしたように、背を向ける数馬。

「んじゃ、おかゆでも作るわ。冷蔵庫の中勝手に見ちゃってもいいよな?」

「あれ? 妙にあっさり。いつもの数馬なら『えー、メンドクセ』とか言いそうなのに……」

「今日の一香はお姫様だしな。業務命令とあればちゃんと聞かないと、不敬罪になっちまう」

「ふーん……?」

 あまりにもあっさりと自分の言う事を聞く幼馴染に、少しばかりの疑念を抱く一香だが、その疑念がなんなのかを口にする事は無かった。


 が、彼女の反応はあながち間違っているものでは無かった。

(まぁ、実際はそんなのは建前でしかないんだけどな。こんなのは罪滅ぼしにもならないだろうし)

 一香の体調が悪かった事を見抜けなかった自分。

 倒れそうになっていたところに一早く辿り着けなかった自分。

 幼馴染の大変な時にそばに居てやれなかった自分をどうにかして許そうとする数馬。


 そしてそんな事したところで何にもならない事を彼はよく分かっていた。分かっていても、思わずにはいられなかったようだ。


 そんな数馬の心情を知らない一香は、出来うる限りの期待の声を発する。

「それじゃあ、とびっきり美味しいのを期待しようかな!」

 と。


「ハードル上げられても困るんだが」

「大丈夫、数馬なら出来る!」

「うわっ、無責任かよ」


 そう言って、数馬は部屋を出て台所へと向かう。

 不思議と手を思いっきり押されたような背中を感じながら。


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