第14話
「今日はもう引き上げるぞ。いいですよね、宮内先輩」
すっかりぐったりしてしまっている一香を抱き寄せながら、部長であるミリアに指示を仰ぐ数馬。
その様子にミリアは特段、異論はなさそうに大きく頷く。
「私は別に構わないわよ。小悪魔ちゃんはどう?」
「私も、藤宮先輩に任せます」
ミリアに是非を問われた千尋もまた、同様に首を大きく縦に振った。
「という事だ、帰るぞ一香」
二人の相槌に軽く会釈しながら、一香の肩を持ち上げる数馬。
しかし、一人だけ今の状況を納得していなかった。
「え、でも……まだ全然、数馬リフレッシュ出来てないでしょ? 私の事は気にしなくていいから、存分に楽しんできてよ。私は大丈夫だから」
一香本人である。
彼女の具合が悪いのは誰が見ても明らかで、とても部活をしていい状態では無い。
部活どころか、早急に横になるべきである。そんな状態であるにも関わらず、一香本人は無理をしようとする。
「その表情で何が大丈夫なんだよ。口の端によだれ垂らしてまで我慢しやがって……」
「これはそういうやつじゃ」
「じゃあどういうやつなんだよ」
「それは……ちょっと言えない」
「どういう事だよ……ったく……」
一向に無理をする理由を明かさない一香に苛立ちを露わにする数馬。
しかしそんな態度を幼馴染に取られたとしても、彼女の意向は変わらない。
無理をする理由は明かさないし、口元を隠す理由も明かさない。
そんな姿勢は弱々しいながらも力のこもった視線が物語っていた。
やがて、そんな彼女に敵わないと分かったのか、大きくため息をついた後、数馬は一香に背を向けた。
そしてそのまましゃがみこむと
「あー、もう分かった。とりあえず背中乗れ。家までおぶってやる」
そう言って、これ以上は何も聞かない姿勢を示す。
「ごめんね……それと、ありがと……」
「次は悪化する前に呼べよな」
「分かった……次は気をつける」
「ならよし」
一香が謝りながら幼馴染の大きな背中に体を預けると、そのまま数馬は挨拶をそこそこに、一足先に帰宅路へと着いた。
そんな二人を一部始終見ていた千尋とミリアは立ち去る彼らに聞こえないようにヒソヒソと話し出す。
「部長、もしかして長柄先輩に何かしてました?」
「あら、どうしてそう思うのかしら? 私はただ具合の悪くなった部員を介抱してただけよ」
「私のファーストキスを奪ってくれやがった部長が長柄先輩のような美少女を放っておくわけないと思いまして」
「もしかして結構気にしてる?」
口調が一部乱暴になった後輩に視線を向けると、意味深に口角を上げるミリア。
当の本人である千尋はといえば、ぐちぐちと文句を垂らしていた。
「もしかしなくても気にしてますよ。初めては好きな人とって決めてたのに……」
「意外と乙女なのね、小悪魔ちゃんって」
「女の子はいつだって乙女ですよ。部長がおかしいだけです」
入部したばかりの頃にミリアによって奪われた千尋のファーストキス。
千尋にとってこの出来事が忘れられるはずも無く、普通に話している今の状況でさえも、彼女は常に警戒をしている。
そんな千尋の態度に、妙に嬉しそうな声を出すミリア。
「私だって女の子なのになぁ〜。私はただただ、可愛い女の子に目がないだけの、ただの女の子」
「…………やっぱり、長柄先輩に何かしたんですね」
「さて、どうかしらね」
可愛げに舌を出す部長の様子に、千尋は大きくため息をつく。
「大丈夫かなぁ、ほんと……」
と。
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