第11話 ラブと滑稽さと取り引きと
「えっと……ラブって言うのは……そう言う事ですか?」
長柄一香は動揺していた。
写真部の部長であるミリアが自分の幼馴染を恋愛対象として見ていると知ったら、そうなるだろう。
それに対して、宮内ミリアは至って冷静であった。
部活の後輩に恋をしていると明かしてるというのに。
「逆にラブが“そう言う事”の他にどう言うのがあるの? 教えて欲しいなぁ〜」
「ほら、テニスの……」
「それはラブゲーム。どうして急に零点宣告をしなきゃいけないのよ」
「じゃあ、あの……アニメの……」
「それはラブライフ。それに、じゃあって言ってる時点で分かってるじゃない。どうして認めようとしない〜?」
“そう言う事”、即ち、“恋”。
言葉を濁す一香に思わず揶揄いたくなったミリアは一香にカマをかけると、彼女はまんまとミリアの術中にハマっていた。
口籠もりながらも、なんとか話題を外らせようとしてるのが、バレバレで滑稽と言わざるを得ない。
しかし、やがて逸らす話題が無くなったのか、一香はやけっぱち気味に声を張り上げる。
「認められる訳ないじゃないですか! だって、先輩ってば私にキスをっっ!!」
と。
だが、ミリアは継続して至って冷静である。それこそ、一香の言動を予測していたかのように。
そして何事も無かったかのように、真顔で───
「あー、うん。だって、私女の子も好きだもの」
秘密を打ち明けるミリア。
しばしの沈黙。
しかしそれは、一香には考えるのに十分な時間であり───
「……ひっ!」
咄嗟に、自身の貞操を守る行動を取るのだった。
「無理やり体を引き剝がさなくてもいいじゃない」
「いや、その……身の危険を感じたので」
「まぁそんな反応されるだろうなとは思ってた」
言葉とは裏腹に、そこまでショックを受けている様子は無いミリア。それどころか笑顔である。
諦めと悲しみと恋する乙女の感情が入り混じった笑顔。
そんな笑顔のまま、再度、ミリアは一香に近づく。
「でも、冗談じゃない事は身をもって味わってるよね?」
「うぐ……っ」
「ふふ……怯えちゃって可愛い……」
滲み出るミリアの色気。唇の隙間を練って口から出てくる息。ジメジメとした空気で少しだけ湿っている制服。
一香の目にはそれらの全てが、未知なる恐怖でしか無かった。
……いや、彼女にとってみれば、もう未知では無い。
むしろ、一度味わっているからこそ、恐怖なのだ。
「か、揶揄うなら別の日にして下さい……っ! 今日はそう言う気分じゃないんです!!」
身に纏う恐怖を振り払うように、必要以上に声を出す一香。
そう、余計な事まで……。
そしてその一香の余計な一言をミリアは聞き逃さなかった。
「へぇ……今日は、って言ったって事は明日以降ならいいって事カナ〜?」
ニヤニヤと満足げに唇を口を緩ます銀髪美人。
その笑顔はあまりにも異質で、それでいて目を離せないところがあった。
それは一香も同じようで、距離を取りつつも、一切彼女から目線を切らす気配が無かった。
しかし、それが良くなかった。
道が悪い中で後退しているのにも関わらず、足元を一切見ていないのだから。
「そう言う事じゃ───きゃっっ!」
「っと、危ない。大丈夫? いくら逃げ出したいからって、足元には気をつけなきゃダメよ」
「ご、ごめんなさい……助かりまし……た……?」
体を倒れる寸前に、背後に手を伸ばし抱きかかえる形で自分を助けてくれたミリアに、一香は赤面しながら驚いていた。
逃げ出そうとしていたことがバレていたからでは無い。
ましてや、小石に躓いて転びそうになったからでも無い。
(びっくり、した……一瞬、ミリア先輩が数馬に見えちゃった……そんなはずないのに……!)
迂闊にも、遠からず近くにいる幼馴染の面影をミリアに重ねてしまったからだ。
苦手な相手のはずなのに、トキメキを感じてしまった自分を恥じる一香。
けれど、それはミリアにとって好都合の展開なのだ。
「ねぇ、剣道ちゃん」
「な、なんですか……?」
「このまま、もう一回キスしてもいいかな」
昼休みの続きを行えるかもしれない、そう考えたミリアにとっては。
しかし、それはあくまでミリアにとって好都合なだけで、一香にしてみればただただ同性とキスするだけなのだ。
比較的一般的な恋愛観を持つ彼女は当然、ミリアへの拒絶感を前に出す。
「ダメに決まってるじゃないですか……っ!」
と。
だが、こんな事でミリアが諦める筈もなく
「キスさせてくれたら、昼休みに校舎裏でしてた事、小悪魔ちゃんに教えないって言っても?」
と、取引に持ち込み始めたのだった。
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