第5話 嘆き苦しむ少年と愉悦の少女達

「うぅ……もうお婿に行けない……」

「大丈夫ですよ先輩! 私のお嫁さんとして迎え入れてあげますから!!」

「何も大丈夫じゃないぃ……」


 後輩からの根拠の無い励ましに、見事に女の子にされてしまった数馬が力無く返答する。


 女の子になったと言ってもしっかり『男』は残っている。

 側から見たらただの金髪美少女にしか見えない、と言うだけだ。


「いやぁ、ごめんねぇ〜。ついつい興が乗っちゃって」

「ついってレベルじゃないですよねこれ!! なんですか、完全に見た目の性別変わってるじゃないですか!!」


 鏡に映る別人の自分に発狂する数馬。

 ただウィッグを付けられただけでは無く、しっかりと美肌メイクまでさせられたのだから仕方が無い。

 しかもメイクだけに飽き足らず、

「だからごめんって謝ってるじゃない。お詫びとしてそれ、着て帰っちゃってもいいから」

「何もお詫びとして機能してませんが!? 女装したまま帰るなんてただの罰ゲームですよ!!?」

 黒のワンピースまで着せられたのだから、もう大変だ。


 さらには追い討ちかのように、小悪魔後輩からの言葉。

「え、でも先輩の服もう洗濯機にかけましたけど」

「……小鳥遊さん、今なんて?」

「だから、先輩の服ビチョビチョで汚かったんで洗濯機にぶち込んで回してますって言ったんです」

「そこまで乱暴には言ってなかった気がするんだけど……」

「何か文句あります?」

「イエ、アリマセン……」

「分かればいいんです、分かれば」

 悔しそうな顔の数馬にご満悦な様子の千尋。

 まさに小悪魔、憎たら可愛い子!!!


 だが、千尋から告げられた事実は数馬にとって衝撃的で絶望的なものだった。

「てか、ちょっと待ってくれ! 俺、替えの服なんか無いんだけど!!」

「だから私たちが調達してきたんじゃ無いですか。そんなに文句言うなら自分で探しに行ったらどうです?」

「言われなくても!! 大丈夫、当てはある!!」

 まるで自分に言聞かせるように『大丈夫』と口にする数馬。

 しかし彼の表情は何も大丈夫じゃない事を物語っていた。

 くるしく、にがく、不安に満ちた、負の表情が。


 しかし、彼への試練はまだ終わってなどいなかった。むしろ、まだ序の口にと言っても過言では無い。

「あ、ちなみにだけどね、チビ助くん」

 ハッと思い出したかのように突然数馬を呼び止めるミリア。

 呼び止められた本人はあからさまに嫌そうな顔をしながら、銀髪ハーフ美女の方を見る。

 が、何故かミリアは不思議と笑みを浮かべていた。

 そんな彼女を振り払うように、数馬は苛立った声を出す。

「なんですか宮内先輩。俺、急いでるんですが」

 と。


 その刹那、ミリアの笑みは更に表立つ。まるでこの時を───数馬が動き出すその時を待っていたかのように。


「服飾部ならもう帰ったわよ? 私たちにその服を貸してくれたと同時に……って、大丈夫?」

「終わった……社会的に終わったわ、俺……」

「先輩が見事に膝から崩れ落ちましたね。膝から崩れ落ちる選手権があったら満点をあげたいくらいに綺麗で滑らかでした」

「しかも、服が極力汚れないように配慮しながら。流石、出来る後輩を持って私は幸せ者だわ」

「私の可愛い可愛い先輩である事もお忘れ無く!!」

「そうだったわね、ふふふ」

「にひひひ」


 計画通りとはまさにこのことを言うのだろう。

 僅かな希望を残し、そこに手を伸ばそうとした途端にはたき落す。

 その絶望したさまを楽しむ。

 これが計画通りで無ければ何と言うのだろう。


 もがき苦しむ獲物を見る目、愛玩動物を見る目、性的欲求を満たす目、その他自身の鬱憤を晴らす為の目。

 さまざまな目が地面にへたりつく金髪美少女になった数馬へと向けられる。


 再三言うが、これが数馬にとっての日常である。

 クラスでこそ目立たない、いわゆる隠キャと言われるような存在だが、写真部の部活が始まればたちまち千尋やミリアのような学年で一二を争う美少女に弄ばれる存在。

 それが藤宮数馬であり、同時に写真部のモルモットでもあるのだ。


 写真部に所属する限り、彼に自由は無い。

 それでも数馬は写真部を止める事はせず、時折、助けを求めるくらいである。

 そして今回も

「助けてくれぇ……一香いちかぁ……」

 一人の少女の名を、密かに呼ぶのだった。

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