第4話 アナタに届けます変身セット

「……とりあえず、着替えたらどうです?」


 部室に戻ってから、着替える素振りの無い数馬に対し、痺れを切らした千尋が呆れたように言い放つ。

 不意に雨に降られた彼女と違い、自らの足でガッツリと浴びていた数馬の制服は想像以上にビチョビチョで黒色のインナーまで余裕で透けている。


「俺、替えの服とか用意してないんだけど」

「それなのに雨の中走り回ってたんですか? 先輩って、もしかしてアホですか?」

「面目無い」

 制服の裾から床に雨の雫を滴り落としながら放たれた先輩の言葉に千尋は更に呆れ、当の本人は申し訳なさそうにしながら部室の隅にあったタオルで体を拭いていく。


「まぁいいです。替えの方は私と部長でどうにかしますから、先輩はそのビチャビチャの制服どうにかして下さい。見ているだけで風邪引きそうです」

「そ、それじゃあそうしようかな……」

 長い事雨に降られていたからか、数馬の顔が少しばかり紅潮している事に気づいた千尋は早急に制服を脱ぐように指示する。

 あまりにも迫力で、反論する事なく数馬は千尋の言う事を聞くことにした。


 数馬がゆっくりとボタンに手を掛けると同時に、ミリアの腕を掴みながら部室の外へと足を向ける。

「と言う事で、行きますよ部長!」

「(・x・)」

「……向こう着いたら、流石にそれやめて下さいね?」

「……コクリ(・x・)」

「大丈夫かなぁ……」

 数馬に言われた事を気にしてるのか、ずっと黙りっぱなしのミリアに千尋は不安の表情を浮かべる。

 それに反して、ミリアの表情はどこか楽しそうだった。

 しかし、千尋にそこまで表情を読み取れる余裕は無かったのか、ボソリと心配の声を洩らす。


 そんな千尋とミリアのやりとりの一部始終を数馬は見ていた。

「とりあえず、服脱いで待っとくか……」

 千尋とは別の不安を脳裏に浮かべながら、彼女らが部室の外に出るのを見届ける数馬。

 それから数秒も経たないうちに、ぴっとりと張り付いた服を皮を剥ぐように脱ぎ捨てたのだった。


 彼女たちが部室を出て、早数分。

 バタバタバタと激しい足音が鳴り響いた後、写真部のドアが勢いよく開けられた。

「おまたせしました! さ、藤宮先輩これに着替えて下さい!!」

「随分早かったな。じゃあ、早速……って、あの、小鳥遊さん? これは一体……」

 息を切らしながら部室に戻ってきた千尋から紙袋を貰う数馬だったが、中身を見た途端様子が変わった。

 有り体に言えば、怯えていた。

 渡された紙袋からチラリと見える金髪のロングウィッグと黒いフリルスカート。

 一般的に考えれば、女性である千尋やミリアが着る物だと思うのが妥当だろう。

 写真部としての活動の範疇でコスプレ。何もおかしい事は無い。むしろ、美少女の貴重な姿が拝めるのだから感謝するところだ。

 だがしかし、数馬に向けられた現実はそう甘くは無かった。

 

「ちゃんとご要望通り着替えを用意したのに、どうしてそんな顔をするんですか、先輩♪」

 怯える数馬に対して千尋は心の底から楽しそうな目をする。

 不思議と、彼女のサイドテールが振り踊ってるようにも見える。


 部室を出る際にポツリと零した心配そうな声の主とはまるで別人である。

 それくらいまでのギャップ。転調。そして溢れ出る嗜虐感。

「これは流石に勘弁してくれ! これ着て帰るのは流石にキツイ!!!」

「え〜、それじゃあ、びしょ濡れの制服で帰るんですか〜?」

 嫌がる数馬に対し、ことごとく生意気な態度をとる千尋。

 ニヤニヤと、あからさまに勝ち誇った表情に思わず一歩、また一歩と引き下がる数馬。

 一方で、千尋と一緒に戻ってきてから一言も発していないミリアはどうかと言えば、

「宮内先輩! 黙って見てないで小鳥遊を止めて下さいよ! というか、一緒にいたなら止め───」

「ワクワクドキドキ」

「あー……なるほど、グルか……」

 期待に満ちた眼差しを数馬に向けていた。


 部室の入り口は千尋とミリアの二人によって塞がれ、外は雨。制服を脱ぎ終わり、半裸状態の数馬。


 そんな彼の顔に真剣な眼差しで優しく手を添えるミリア。

「チビ助くんってさ、意外と顔整ってるよね?」

「いえ、整ってません。ブサイクです」

「謙遜はいいのよ」

「謙遜とかじゃ無いんですが……」

 熱い熱い先輩からの視線にたまらず顔を逸らす数馬だが、ミリアの手を振り解くまでには至らなかった。

 むしろ、ただでさえ熱視線だったミリアから数馬へ向けられていた“モノ”は更にグツグツと煮立っていく。

「うんうん、分かってる。そういうフリなのよね? 大丈夫、私は空気読める先輩だから心配しないで!」

 言葉とは裏腹に、轟々と燃え盛る迫力の宿る笑顔の銀髪美人。

 数馬は先輩とのそれなりに長い付き合いがあってからか、彼女の発した言葉に危機感を覚えたのだろう。

「何一つ分かってませんよね!? あとフリとかじゃないです! 本気で違うと思ってるんです!!! 大丈夫って言葉、調べ直して貰っていいですかねぇ!!?」

 と、あからさまに焦っていた。


 しかし、ミリアは数馬の反応に全く意を介さない。

「はいはい、後でね」

「今! 今お願いします!!!」

「それは無理なお願いね」

 どれだけ懇願しようが、変わらない。

 それどころか、圧力が増していくばかり。


 そしてその圧力の原因といえば───

「今から、君を可愛い可愛い女の子にしちゃうし、ね?」

 有り体に言えば、嫉妬である。


 恐怖に怯える数馬を余所に、着々と準備が進められていたのであった。





───────


四話目を読んでいただきありがとうございます。

引き続き次の話を読んで頂ければ幸いです。


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