第12話 ダーウィンへ
「バスジャックされるんじゃないか」
もともとの3人分の席以外はアボリジニの方々で埋め尽くされた車内の中でふとそんなことが頭をよぎった。
この人たちがその気になれば、運転手を含め私たちなどひとたまりもない。
女性一人に、老人が一人。私など体重60キロにも満たないマッチ棒である。
乗り込んできた車内のスペースは、1席の空きもないほど満員御礼である。
前の席に座った小学生のころの女の子はずっと後ろの私を振り返り凝視している。
アジア人はめずらしいのか、刺すような目つきだ。
私は念のため、財布などの貴重品を改めて確認し、万が一にもスラれたりすることのないよう、しっかりとズボンの前ポケットにねじ込み、その上に手持ちのリュックを抱え込む。
そうして、バスジャック、いや、車内ですごす夜に備えた。
結論から言うと、バスジャックはもちろん、何事も起きない静かな車内だった。
アボリジニの方々も大人しく、皆が紳士的で、とても街で見るような印象とは大違いだ。
夜中にバスの後部座席にあるトイレまで歩いていくときは、車内の闇の中、無数の白い眼が私を凝視していることに恐怖を感じたものの、なんら問題もなくバスは進んだ。
大勢のアボリジニの中、全く意に介さず同乗していた白人女性や、老紳士などの様子からしても、このような状況は別に地元では珍しいことではないのだろう。
ただ、私にとっては、偏見を持たざるを得ない印象がある。
「見た目で人を判断してはいけない」とよく昔言われた事だが、
申し訳ないが、見た目がいかつすぎる。つい、判断してしまう。
彼らなりの言い分や事情はもちろんあるだろうし、なかにはいい人もたくさんいるだろう。
しかし、私自身が彼らをよく知らない。
歴史や背景、その人柄さえも。まともに会話したことさえないのだから。
結局は私の中に根付く、彼らに対する偏見のようなものが問題なのだろうけども、それを払拭し理解できるようになるまでには、まだまだ私という人間としての成長が必要だと感じている。
バスは休憩のためのストップもほとんどとらず、最終目的地のダーウィンへ走って行った。
いつの間にか大勢のアボリジニの方々もそれぞれの目的地で降りていき、気が付いた時には乗客はほとんど入れ替わり、ダーウィンを目指す旅人が中心となった乗客に変わっていた。
ブルームからの28時間、当初の女性も老人も降り、初めから乗っているのはさすがに私ぐらいである。
思えばこのオーストラリアの北西部を旅するのは今回が初めてだ。
これで前回の旅を通じ、オーストラリアを丸ごと一周したことになる。
グレハンに乗るのもこれで最後。ダーウィンからは空路を使いインドネシアを目指すことになる。
そこまでが日本にいる時に決めた旅の行程。インドネシア以降は全くのノープランだ。
まずは、このダーウィンにおいて、今回オーストラリアの旅でのハイライト、「カカドゥ国立公園」のツアーを満喫する。
ずっと行きたかったオーストラリアならではの、自然が豊かな国立公園だ。
広大な自然の中、未開の地も多く、ワニなどの野生動物がたくさん生息する地域でもある。
やっとここまでこれた。
ダーウィンまではあと数時間。
すこし落ち着いた車内の中で、翌日から参加するツアーに胸を躍らせながら車窓に流れる景色を眺める。
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