第11話 月への階段
次の目的地は「ブルーム」。
大海原の水平線に浮かぶ月まで。つながっていく階段のような輝き。
そんな「月への階段」と呼ばれる神秘的な自然現象がみられることで有名な街だ。
もっとも、この現象は乾季の満月の日前後に限られ、残念ながら今はその季節ではない。1年を通して20日前後しか見られない貴重な時期には世界中から観光客が訪れるそうな。
そんなブルームに着いたのは夕方18時ごろ。
コーラルベイから実に18時間ほどの長旅になった。
バスの車内は快適で、音楽を聴いたり、車窓をながめてのんびりしたり、時折とまる小さな町でリフレッシュしたりと、そこまで苦には感じない。
バスを降り、目指したのは今日の宿、「YHA」と呼ばれるホテル。
俗にいう、ユースホステルと呼ばれる安宿だ。オーストラリアだけではなく、世界共通の旅人のための安宿である。
ユースと呼ばれるこのホテルは、その場所によって全く経営方針が異なる。
すごく質素な設備で必要最低限の物だけ揃え、ただ寝る事だけに特化した宿。
はたまた、エンターテインメント性が高く、バーなども併設し、夜中までにぎわうようなユースも中にはある。
このブルームのユースはどうやら後者のようだった。
かなり大きい広大な宿のスペースにはレストランなども併設されており、ステージまでがある。ちょうど今からそのステージでは、ここに泊まってる旅人の弾き語りが始まるところだった。
心地いい生音にリラックスしながら、夜の時間を過ごす。
置物だと思っていた、軒下のフクロウが野生の本物だったことにオーストラリアの自然を感じながらその日は眠りについた。
翌朝、昨晩の賑わいは嘘のような静けさのYHA内で朝食のリンゴをかじる。
インドネシアのジャワ辺りの人だろうかと思っていた女性から流ちょうな日本語で、「おはようございます」と挨拶がでてきた。
どうやら日本人だったようだ。
思わずこちらも挨拶を返したが、意外とこういうことはよくある。
この人、日本人かな?と悩む日本人。
その後は特に交流もなかった。
またもや今晩発つ予定の私は、昼間は近くのケーブルビーチへ。
月への階段がみられるビーチで、ゆっくりとした時間を過ごす。
読書などをしながら、のんびりした雰囲気はあっという間に過ぎていった。
夕方になり、昨晩の賑わいがもどりつつあるYHAをチェックアウト。
ふと、テレビで映っているニュースに目をやると…
ここブルーム近辺で、アボリジニに襲われ3人の女性が被害にあったという。
顔写真が移されている犯人はまだ捕まってはおらず、現在も逃走中とのこと。
こわ。
このアボリジニという、オーストラリアの原住民の話になると、とても私の浅はかな知識で無責任なことはいえない。
しかし、パース時代からそうだが、荒れたアボリジニがいるのも事実。
街を歩いていると、たばこや金をせびられ、断るとものすごい勢いで怒鳴ったり、殴られそうな危機感を感じたこと一度や二度ではない。
昼間から泥酔し、ドラッグで暴れまわる姿を見てる以上、いくら原住民とはいえ関わりたくないイメージはぬぐえない。
もちろん彼らからすれば、自分たちの街を占領され、近代化された世界では従来の生活を送ることもできず、仕方なく街に出てきても職はなく…そのような状況の悲惨さも理解できる。
しかし、人を傷つけるのはまた別の次元の話だ。
とにかく私のような旅人には、その国の負の歴史を語るにはおこがましすぎる。
ただただ、何事もなく無事で旅を続けたいその一心である。
バス停へ向かうというと、宿のスタッフが、「ニュースでもやってたけど、夜は危ないから送っていくよ」
なんて、ナイスガイ。
宿の広告を施したピックアップトラックで送ってもらい、グレイハウンドの到着を待つ。
次に目指すは、いよいよダーウィン。ここからはなんと28時間の長旅。
予定通り来たバスに乗り込み席を確保。乗客は私と白人の若い女性、老紳士の3人。人の少なさに安堵する。
シートの座り心地は最高で、ふかふかの座席はよく眠れそうだ。
しかも車内はガラッガラで、この上ない快適さ。
しばらくしてバスはストップした。
「ミールストップ(食事休憩)かな?」と思い外に目をやる。
すると、運転手がバスから降り、荷物を積むスペースをあける。
どうやら停車したのは休憩ではなく、新たな乗客を乗せるためらしい。
「ここから乗ってくる人もいるんだな」と、夜も更けようとしている窓の外にふと目をやる。
すると、漆黒の闇のなか白い眼だけが何十個もうごめいている。
「なんや、これ?!」
暗い中メガネをかけて注意深くみてみると、そとには大人数のアボリジニがバスに乗り込もうとしているところだった。
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