第10話 少しだけ釣り
ドミトリーを行き来する足跡、会話の声で目が覚めた。
ぐっすり寝た感があるが、それもそのはず。時計をみると、すでに10時近くになっている。
夜中に着いたドミトリーでは、部屋の状況はよく把握できていなかったが、どうやら、12人部屋の男女混合ドミトリーで、現在ほとんどのベッドが埋まってるように見える。
ほとんどのベッドは荷物があるだけで、すでに部屋には持ち主はいない。
ベッドに残ってる者もパッキングなり何かしらの準備をしている。
そういえば、チェックアウトの時間ももうすぐだ。
昨晩、夜中に着いてまだ何も知らないこの宿の内観を見回しながら、ベッドから這い起きる。
部屋から出てみると、かなり大きな宿だ。
一番目を引くのはなんといっても、中庭にある大きなプール。
既にプールには多くの人が思い思いの時間を過ごしている。
ビーチサイドで、甲羅干しをしたり、プールで泳いだり。
見た感じ、100%欧米人のようだ。もっとも、こんなにプールが好きなのは欧米人しかいないと私は思っている。
宿提供のフリーの朝食で軽く腹ごなしをして、さっそく外に出てみる。
というのも、今日の天気はオーストラリアに来て、一番素晴らしい天気だったから。
いや、このコーラルベイという場所で感じる天気が、いつもの晴れを、より輝かしてくれている。
真っ白な砂浜。透き通るエメラルドグリーンの海。そしてその上で輝く太陽と、濃い青空が強烈なコントラストを生み、快晴をいつも以上に素晴らしく感じさせてくれている。
海のきれいさでは世界有数の国オーストラリアだが、このコーラルベイはその中でも特段美しいビーチだ。
旅を急ぐ私は、今日の夜中、ここに降り立ったバスで、ここを発つ。
一日限りではあるが、このビーチを存分に味わっておきたい。
ビーチ周辺をぶらぶら歩いていると、小さな商店で釣り竿が売られているのを発見。
実は私は、大の釣り好きである。大阪にいるときでも、暇を見つけては友と車を走らせ、釣りに向かった。海の無い大阪では和歌山や、兵庫の日本海など、遠い距離を走らなければならなかったが、それでもやめられない。
一生楽しめる趣味を覚えたいなら釣りをおぼえろと、昔から言い続けられていると聞いたことがあるが、それほど釣りというものは奥が深い。
それに加えこのコーラルベイは魚影が濃い釣り場でも有名とのこと。
そんなことを聞けば、釣り好きならやってみたくなるのは当然のところ。
大物を釣り上げ、写真を地元に送ろう…そんな妄想をしながら、伸縮式の釣り竿を購入。
そして、よさそうなポイントを見定め、きれいな海へ第一投。
とても気持ちがいい。
この釣りにおける一投目が私はとても好きだ。
何かが釣れる予感。大物への期待。さまざまな思いが竿をとおして海の中を巡る。
どんな魚が釣れるかな…??
しばらくして、エサを回収しようと竿を立てるも、糸が戻らない。
まさか…。根がかりである。
岩か何か。海中の障害物に針が引っ掛かり、戻ってこない。
うまく外れてくれないときは、糸を切るしかない。糸が切れる場合もある。
やはり外れず、仕掛けは海の底に。気を取り直し、もう一度仕掛けを作り直し、
投げ込む。
次はどうや!?糸を手繰り寄せながら、魚の気配に神経を集中させる。
しかし。またしても根がかり。どうやらこの辺りは岩場だらけで、根がかり必至らしい。
「ファック!!」うっかり出る独り言は、英語に変わっている。
その後数少ない仕掛けは、あっという間に海の藻屑となり、やり場のない釣り竿だけが手元に残った。
もはやこうなると、こんな邪魔なものはない。どこに捨てて帰ろうか。
初めに抱いてた竿への愛はどこに行ったのだろう。
残りの時間はゆっくりとこのきれいなビーチで過ごし、宿に戻り夜中のバスまで時間を過ごした。
釣りに関しては、やはり残念ではあったが、あのシチュエーションでやらない選択肢を選ばなかったことを褒めたい。
釣れはしなかったが、やらずに後悔するよりかは随分マシな気はしている。
またいつかのタイミングで釣りにはチャレンジしよう。
そんな誓いをたてながら、宿のピックアップバスで夜中のバスターミナルに送迎してもらう。
そして彼らは新たにバスから降りてくる客を宿まで運ぶのだ。
「ありがとう、送ってくれて!」
「気を付けて!良い旅を!」
そう、言葉をかけあいながら、次の目的地へ向かうバスに乗り込む。
心の中で、「釣り竿は宿に寄付するよ」と、つぶやきながら。
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